閑文字手帖

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375 非ライツ・ライカのレンズのこと

 カメラを使ふひとの中には、純正主義者と呼びたくなる志向の持ち主がゐる。特にニコンとライカのユーザに多い気がするのだが、これはこちらの僻目かも知れない。僻目と云ふのは、わたしがその辺りに無頓着だからで、何々のレンズで撮つたと云はれても、さうですかと応じる程度の目しか持合せてゐないのが、遡つた理由になるだらうか。もつと遡れば、お財布の問題も出てくるのだらうが、そこに踏み込むと、話がちがふ方向に進んでしまふから、そこまでは考へない。

 純正主義が惡いわけではなく、ボディとレンズを組合せた時、一ばん綺麗に収まるのは矢張り、純正のそれであらう。併しそこで他社のレンズを見下し、或は莫迦にしだすと事情が異なつて、あの野郎は鼻持ちならん奴だと思へてくる。その鼻持ちならん奴が身の回りにゐないのは幸運で、だから鼻持ちならん純正主義者を揶揄つてやらうかとも發想が續く。要はライカに非ライツ・ライカのレンズを撰ばうといふこと。

 

 それで先づボディはM4‐2にする。理由を細かく云ひだすと切りがないから、ここでは単に、気樂な感じがするとしておく。まあ気樂とは云ふが、あの機種はMバヨネット・マウントのⅢcで、結果的に微細なちがひが色々と出來てゐる。コレクタブルと呼んでもいいだらうか。

 非ライツ・ライカかさうでないかの区分をどこに引くかは六づかしい。他社から供給を受けたホロゴンにスーパー・アンギュロン、それからキセノン(一眼レフ用は今回含めないが、そちらに目を向けるとP.A.クルタゴンやアンジェニューもある)はライツ・ライカに含めていいかと思へるが、ならばミノルタと協業した時のMロッコールはどうなると、ややこしくなる。なのでこの稿では『ライカ ポケットブック』に記載のないレンズを、非ライツ・ライカのレンズとする。異論はあるだらうが、一応の基準は必要である。

 

 焦点距離は50ミリ及びそれより広角のレンズとする。狭角レンズを積極的に省かうとはしないとしても、90ミリくらゐがわたしの使へる限度である。いや無理かも知れないな。その辺は曖昧なままにしておきます。

 

 そこで最初に28ミリを考へる。ライカを使ふんだつたら何より50ミリだらうと叱られさうであるが、わたしの基点はさうではないし、わたし基点の遊びだから、そこは辛抱してもらふとして、何にしませうか。ライツに近いところで云へば、Mロッコール28ミリといふのがある。ミノルタCLEの頃のレンズ。同じ銘ならGロッコールもある。コニカにもKMヘキサノンがあつたのではないか。コニカミノルタからカメラ部門を引き継いだソニーが、このレンズ銘を使はないのは何故だらう。使へない事情でもあるのか。キヤノンのセレナーやペンタックスのタクマーもさうだが、實に勿体無い。コシナにはカラー・スコパーとウルトロン銘の28ミリ、アベノンもあつたと考へつつ、最終的にリコーのGR28ミリを採る。GR1v、GRデジタルⅡで随分とお世話になつた。信用出來る。

 

 35ミリは飛ばす。ライカを使はうと云ふのに35ミリを飛ばすのはをかしいと、叱られるか呆れられるか。どうもあの画角は馴染みが薄い。コシナのカラー・スコパーとソ連のジュピター12は使つた経験があつて、どちらも優れてゐるのは知つてゐるから、それは挙げておかうか。ただそれならライツ・ミノルタCLやミノルタCLE用のMロッコール40ミリ、ローライ35RF用のゾナー40ミリHFTに惹かれる。M4‐2に40ミリのブライト・フレイムは無いけれど、35ミリより少し狭い程度と思つて使へば、問題は出ないだらう。

 序でに90ミリに触れておくと、CL(E)用のMロッコールかコシナのアポ・ランターくらゐしか思ひ浮ばない。ライツ・ライカのレンズだと、エルマーにエルマリート、ズミクロン、特殊レンズのタンバールに、ズマレックス(これは85ミリ)、もう少し広目の画角でヘクトール73ミリとズミルクス75ミリがあるのに。と不思議に思はなくてもいい。この辺りは本來、一眼レフに任せたいところで、ライカが無理をしてゐたと考へればいい。

 

 難関は矢張り50ミリで、ライツ・ライカ銘のそれを先に挙げると、エルマー、ヘクトール、ズマール、クセノン、ズマリット、ズミタール、ズミクロン、ズミルクス、ノクチルクス。それらが更にLねぢマウント、Mバヨネット・マウント、明るさ、鏡胴の固定式と沈胴式、その他の仕上げのちがひで分類出來る。ライツ・ライカ社が50ミリといふ焦点距離を重く見てゐた證拠とは云つてもいいが、軸にするレンズがふらついた結果だと見立てられなくもない。意地が惡いか知ら。

 非ライツ・ライカの50ミリも山ほどある。ゾナーニッコール、セレナー(乃至キヤノン)、トプコールにシムラーにタナー。ソ連ではゾナーやエルマーを模倣したし、テイラー・ホブソンにもあつた筈だし、フジノンやズノーからは大口径が出てゐた。コニカからもヘキサーだつたかヘキサノンだつたかがあつた。現行品はコシナ(またしても)がフォクトレンダー(スコパーやノクトン)とツァイスの銘を用意してゐる筈で、矢張り明るさやら仕上げやらで細分化出來る。思ひ出せたままだけでこれだから、實態がどんなものなのか、想像も六づかしい。撰び放題と云へなくもないけれど。

 

 外れが怖い。と考へると、最近のレンズを優先したくなる。コシナのカラー・スコパー辺り。近年のコシナは大口径化に熱心らしいが、どうも感心しない。ブライト・フレイムが隠れて仕舞ふ。F2.8とか3.5とかの程度で十分である。寧ろ中口径小口径でコンパクトに纏まつてゐる方が好もしく思ふ。少数派なのかなあ。

 併しGR28ミリとカラー・スコパー50ミリでは、安定が過ぎる気もする。それでモノクローム・フヰルムを使ふ前提で、ニッコールも撰んでおきたくなる。F2とかF1.4とか何種類かあつたと記憶するが、詳しくないのでそこまでは踏み込まない。セレナーなら廉価な入手が期待出來ますよと聲が掛るかも知れず、さうだつたかなとも思ひつつ、だがあの鏡胴は好きになれない。乱暴を承知で云へば、そもそも素晴らしい寫りは望めない。見た目の重々しさ或は軽やかさ…要は恰好よさを大事にして、支障は出ないだらう。敢てソ連のインダスターを撰んで、崩しを入れる方法もあるか。

 

 かういふことを書くと、生眞面目なライカ愛好者には厭な顔をされるだらうな。多少親切なひとなら、止めやしないけれど、せめて50ミリのズミクロンくらゐは持つておくのがよいよと、忠告して呉れるかも知れない。厚意謝すべし。とは云ふものの、揶揄ひ目的で草した一文である。さういふ忠告は(残念ながら)意味を持たない。それにわたし程度だつたら、ズミクロンだらうがインダスターだらうが、そのレンズだから撮れた一枚を得られる期待も持てず、さう考へれば、身の丈にあつた組合せではないかとも思へる。