閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

630 好きな唄の話~サマーヌード

 夏はエロチックである。

 我が國詩歌の伝統を顧みるに、夏に唄ふのは、夜に吹く秋を思はせる風や、水面に映る月蔭の涼やかさである。『枕草子』にいはく。

 

 夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光て行くも、をかし。雨など降るも、をかし。

 

清原ノ少納言が書いてゐるくらゐだから、本当の話。

 

 確かに照りつける陽射しも流れる汗も褐色に焼けた肌も、夏を唄ふには相応しくない。暑苦しいだけぢやあないか。

 

 陽が落ち、昏い夜空を彩つた花火の灯も失せた海岸。

 たまには、いいよね。と泳ぐ彼女はTシャツを纏つたままで、その姿を見つめる"ぼく"の、恋人だらうか。

 併し歌詞を聴けば、"ぼく"は彼女の姿を愛でながら、神さまの目を盗んではしやぐ子供のやうだと云ひながら、嫉妬に心を毟られてゐるやうでもあつて、一体ふたりはどんな関係なのか知ら。

 唄は曖昧な、詰り想像の余地をたつぷり残したまま終る。ひとによつては、ことに若い讀者諸嬢諸氏には不満も残るだらう。とは云へその曖昧は、唄はれるふたりの関係、物語を豊かに(そしておそらく唄ひ手の意図を飛び越して)、夏の夜をば、エロチックに彩つてゐる。