閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

649 好きな唄の話~Stay with Me

 音樂と文學の分類ほど、あてにならないものはないが、シティ・ポップスと呼ばれるジャンルがあるらしい。もしくはあつたらしい。わたしはそれをこの唄で知つた。發賣は昭和五十四年だからほぼ四十年前、わたしは中學生になるかなつたか、それくらゐの頃になる。

 

 当時のわたしは音樂を積極的に聴いてゐなかつた。両親にその趣味が無かつたからだらう。もう少し経つて、白井貴子佐野元春を知つたのが、所謂"原点"なのだと思ふ。近所のお兄さん(でなければ従兄)に教はつた洋學に痺れた、などといふ経験を持たないのは、ちよいと劣等感がある。

 

 いつだつたか、海外でこの唄が人気だといふ記事を目にした。本当か知らと思つて聴いた。待てよ、松原みきより先にMs.OOJAのカヴァを聴いたのだつたか。兎に角驚いた。調べると同年のヒット曲は、『魅せられて』(ジュディ・オング)や『おもいで酒』(小林幸子)だつたから、余計に驚いた。

 

 ニュー・ヨーク好みの短篇小説のやうなメロディであり、歌詞だなあ…といふのが、初めて聴いた時の感想。

 

 ニュー・ヨーク人に知合ひはないから、譬へが適切かどうか、自信は持てないけれど、少くとも『おもいで酒』の生々しさや『魅せられて』の妖婉、エロチックは類似の欠片も感じられない。寧ろ現實を(美しく)突き放し…いや現實を美的に改竄したやうでもある。

 だからこの(思ひきつて云へば、肌触りや体温を拒んでゐる)シティ・ポップスは、時代も國も都市も撰ばない。その情景や心情が現代にも通じれば…詰り普遍的であれば…、冬のニュー・ヨークで雨降るロンドンでカサブランカのカフェで、そして眞夜中の東京で、松原みきの聲は軽やかに泪を流す。