閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

020 有り体に死に体

 有り体に云へばコンパクト・デジタルカメラは瀕死の状態である。改めて強調するまでもなく、スマートフォンのカメラ機能が飛躍的に跳ねあがつたからで、この傾向がより激しくなるだらうこともまた自明と云つていい。近年のコンパクト・デジタルカメラがコンパクトを捨てて大型の撮像素子を採用し、或は大口径化を図り、或はズームの倍率を高めたがつてゐるのは、それらはスマートフォンに組み入れるのに無理がある数少ない利点であつて、皮肉の目で見ればそれは何とかしてスマートフォンから距離を置きたいといふメーカーの悲鳴を連想させる。併しさうなると元を取るのに少なくとも發賣の時点である程度の値段をつけざるを得ない状態になるわけで、さて高々コンパクト・デジタルカメラに10万円近いお金をぽんと出せるだらうか。うつかりすると半年そこそこで旧型に分類され、気の毒なくらゐの安値になつて仕舞ふのに。それでどんどん買ひ替へが進めばメーカーとしては嬉しからうが、残念ながらそこまで買ひ續けられるほど、コンパクト・デジタルカメラは劇的な向上を見せてゐるわけではない。新型を出し續けるより、現行機や旧型の長期に渡る点検と整備を行へる体制を整へる方がいいとわたしには思へるが、さうなると点検整備を経て長期間の利用に足る優れた設計が不可欠の條件になるから六づかしからうか。

 意外とたれも口にしてゐないのが不思議なのだが、コンパクト・デジタルカメラ…ここでは所謂従來型の意。ここから先はコンデジと書く…は既にほぼ完成してゐて、数年前の機種でも取敢ず記録する為に撮る程度なら大して差支へはしない。現行新型機に搭載された機能が撮りたい冩眞に必要なら話は異なるけれど、さういつた必要不可欠な機能を二六時中使ふのか知らといふ疑問は残つて、詰り例外的な條件だらうからこの稿にも差支へはなささうに思ふ。ここで云つておく必要がありさうなのは、がんらいコンデジはちよつとしたメモ代りに使へればよいとわたしは思つてゐて、厭な云ひ方をすると作品や表現の為などいふ大層な目的には適はない…リコーのGRデジタルといふ特異な、そして殆ど唯一の例外はあるけれど…とも考へてゐる。従つてある程度の画質と操作性が保證されてゐればその目的は達せられる。

「そんならスマートフォンで十分ぢやあないか」

と反論が出さうだが、スマートフォンはカメラではない。カメラではないといふ気がるさは確かに認めるとして、その分撮るぞといふ気分からは遠去かる。それには矢張りカメラが要るのだなと思へて古老の感じ方だよと笑はれても、事実わたしは古老なのだから仕方ない…そんな理由乃至屁理窟があつてニコンのS640といふコンデジを常用してゐる。数年よりもつと前の機種だが、五倍の光學ズームがあつて、露光の補正が出來もして、普段の使ひ方で云へば不満の少ない速さで動くし、多少の手振れ補正もあつた気がする。何より鞄やウェイスト・バッグにはふり込める大きさ重さなのはこの稿の流れとしても、わたしの好みとしても無視するわけにはゆかない。勿論今の基準で見ると色々と機能的には劣るが、現行機だつた頃からの年数を考へると文句を云ふ方が筋ちがひだらうね。カラーの時のホワイト・バランスには些か問題があるのは事實として、わたしはモノクロームでしか撮らないからその問題が實際の問題にはならない。

 かういふコンデジが今はない。ニコンキヤノンが細々製造を續けてゐたかと思ふが、絶滅危惧種入りなのは間違ひのないところで、併し本当に需要はないのか知ら。28ミリF3.5くらゐのレンズを固定して、撮像素子も1/1.7インチ程度でいい。これぢやあぼけないと云はれさうだが、この手のカメラでは隅々まではつきり冩る方が好もしい筈だし、わたしにもその方が望ましい。切替なしでの近接撮影は必須。プログラム式と絞り優先式の自動露光。ISO感度は800まであれば上等でフラッシュも何とかいふ画像の処理も不要。動画の撮影機能も捨ててかまはない。高級感溢れる金属仕上げなんてどうでもよく(尤も操作部位の文字は彫つてもらひたい)、プラスチックで十分である。直感的を謳ふタッチパネルも要らない代り、ダイヤルやレヴァですべての操作が出來るようにしてもらひたい。これで電池の保ちがよく、いざとなれば乾電池が使へて、3万円未満ならわたしは確實にS640から乗り替へる。外に慾しがるひとがゐるかどうかは知らないが、冩眞も動画も撮れて、その場で好きに加工して、序でにアップロードまで直ぐに出來ます、それに恰好よく高級な金属と塗装ですよといふ謳ひ文句への、単目的からの判り易い批評にはなるだらう。死にかけのコンデジに息を吹き返させるには、追加ではなく切り捨てでなくてはならないと思はれてならず、S640を常用するわたしとしては、さういふ1台への期待をニコンへと寄せておきたい。

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 無理があるかなあ。