閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

595 タグチとウエダとウルトラと

 期間の限られた公開かも知れない。何とかチューブに、田口清隆が本気で撮るウルトラソフビ特撮だつたか、そんな題名の動画がある。内容は文字通り。田口が三人の子供と一緒に、家で特撮を撮らうといふ企画で、これが中々…いやかなり、面白い。大眞面目で本気だからね。基本は家にある物。でなくても入手が容易な物を使ふ。空き函に四角をたくさん描いた紙を貼ればビルになり、割箸を切つて色を塗れば車になる。細長く切つた紙を八の字に置いて、空き函ビルと割箸車を並べ、奥手に冩眞を貼つたボール紙を立てると、背景までばつちりの、奥行きあるセットが出來る。爆發は流石に無理だけれど、綿を使ふことで煙は作れる。照明は懐中電灯で、橙いろのセロハンを用意すれば夕陽の感じが出せる。

 忘れるところだつた。田口清隆はウルトラマンを中心に特撮を手掛ける人物。直近では『ウルトラマンZ』のメイン監督と構成を務めた。詰り現代特撮の第一線に立つプロフェッショナルである。さういふひとがテイブルに作つたセットで撮つた画を見て、子供たちと一緒に、おおこれは恰好いいぞとはしやぐのだから、観てゐるこつちも面白がれるのは、寧ろ当然だらうとも思へる。もうひとつ、撮影…静止画も動画も…は勿論、編輯まで、すべての作業をスマートフォンで行つてゐることを、特筆しておきたい。子供(と親)が撮るのだから、操作が容易で大体の家にある筈の機材、といふ点からスマートフォンにしたのだらう。適切な判断と云つていい。

 果して画としてはどうか知ら、と不安になりませんか。わたしはなつた。不安になりつつ何とかチューブで観た限り、造られた画像映像は立派な出來で、プロフェッショナルの経験や技術が加味された分を差引きしても、大したものだなあと感心した。それから更に、これは子供向けに見せかけた、画像映像造りの入門ではないかと気が附いた。笑つてはいけない。手元にあるあれこれを使つた、ちよつとした工夫(のヒント)を惜しみなく公開してゐるんだもの。えらさうに云ふのだが、活眼をもつてすれば大人の素人の遊びにも、十分以上な応用が出來る。遊びには眞面目本気で取り組まなくては、遊びにならない。

 話を逸らすみたいだが、植田正治聯想した。わたしが一ばん尊敬する冩眞家。云ふまでもなく、第一流のプロフェッショナルだつた(と書くのは故人だから)が、兎にも角にも、冩眞で出來る遊びを尽さうとしたひと、といふ印象が強い。アマチュアが重ねた技術と工夫と試行錯誤が、そのままなだらかに仕事へと転化した感じで、間違つた対比と思ひつつ、スナップと対極的と云ひたくなる。

 植田冩眞では先づ、作り込みがあつた。出來上りを考へ、その為の準備を整へたと云へばいいか。偶然を否定したとは思はない。ただそれを活かすは、最後の最後、冩眞家の手ではどうにもならない部分に限つてゐたと思ふ。偶然が先にあつて、そのピークを見極めて撮るスナップと対立するかどうかは別に、異なる技法と見ても誤りにはならないでせう。

 映像で考へると、記録…ドキュメントは、撮る側の意図に先んじて被冩体がある点で、スナップ(的な)手法に近い。興味深い対象を見つけることと編輯で成り立つ。その両立が大変なのだ、乱暴を云つてはいけないと咜られるだらうか、咜られるだらうな。気にせず續ければ、筋立てのある映像の場合だとさうはゆかない。ここで田口清隆に戻つて、平和な町を襲ふ大怪獸を颯爽と現れ退治するウルトラマン、といふ基本的な構成を、どんな風に恰好よく見せるかをかれは考へてゐる。その工夫やこつを、ソフビに橙いろのセロハンや空き函ビルで子供たちに示してゐて、それらはフィギュアにLEDライトとミニチュアで、スマートフォンではなくデジタル・ビデオ・カメラを使ふ時にも応用が効く。厳密に云へば、応用の方向は逆なのだが、そこは曖昧でもいいでせう。

 詰り丸太は、さういふ撮影…画像か動画かは兎も角…をしたいのか、と我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は思はれるかも知れず、また必ずしもさうではないとも云へないのだが、それより冩眞家は子供を相手に、(たとへば)(スマートフォンで)宝ものを(恰好よく)撮らうといふ企画を形にしたことがあるだらうかと気になつた。さういつたテクニックはそれこそ、冩眞家の宝ものだから、うかうかと公には出來ないよ、と反論される可能性は高いか知ら。気持ちは判る。とは云へ冩眞も映像も、テクニックの優劣が、出來の優劣に直結するとは限らない。但し知らないよりは知つてゐる方がいいのは勿論であるし、出來は兎も角、小さな手間で出來がちがふのを知れば、子供はきつと喜ぶし昂奮もする。それで冩眞(と映像)を樂むひとが増えれば、秘藏のテクニックを、藏から出す甲斐もあるでせう。小聲で附け加へると、わたしも喜ぶし昂奮する。時系列に目を瞑つて、植田正治が田口清隆と組んで、子供と一緒に撮るウルトラ特撮冩眞の企画なぞがあつたら、時間を惜しまず、何度も見返すのは間違ひない。かういふのこそ、メーカーやメディアの役割で、先々の商賣の種にもなると思ふのだがなあ。