閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

299 擬きだつて何だつて

 冷や汁といふ食べものがある。日向國…今で云ふ宮崎県の料理。宮崎市観光協会のサイトによると


http://www.miyazaki-city.tourism.or.jp/gourmet/01.html


◾️焼いたあじイワシなどの近海魚をほぐし、焼き味噌をのばした汁に、豆腐、きゅうり、青じそなどの薬味を入れてアツアツのご飯にかけて食べる夏の名物料理です。


とある。Wikipediaの“冷や汁”の概要では


◾️冷や汁は出汁と味噌で味を付けた、冷たい汁物料理。主に夏場に食べる。宮崎県、埼玉県、山形県など日本各所の郷土料理であるとともに、同名でそれぞれ別内容の料理や、別名ではあるが類似している料理が存在する。宮崎県では、多くの県民が「ひやしる」と発音する。


と書かれてゐて、これは前者の方が判り易いね。後者は同族料理にも触れなくてはならないから、多少の曖昧には目を瞑るとしても、“出汁と味噌で味を付けた、冷たい汁物”では雑に過ぎる。それに“山形県冷や汁”項の冒頭は


 季節の茹で野菜に、数種の乾物を戻して煮たものを冷ましてから汁ごと和えた具沢山のお浸し。


で、“出汁と味噌で味を付けた、冷たい汁物”と矛盾する。それが冷や汁なんですよと山形人は反論するかも知れませんが、わたしは山形式の冷や汁を難詰してゐるのでなく、“冷や汁と呼ばれてはゐるが、異なる料理”を、兎に角“冷や汁”の項目に押し込んだWikipediaのいい加減さに肩をすくめてゐるんです。


 失礼。無駄に暑苦しくなりましたね。折角の冷や汁ですからね、もつとおつとり進めませう。


 さてここからは日向國の冷や汁に話を絞りますと云ひたいところだけれど、わたしはアンテナショップで一ぺんしか食べたことがない。そこで困つた時の『檀流クッキング』の頁を捲る。手元の中広文庫ビブリオ版には、七十四頁に“ヒヤッ汁”の題(これは“ヒヤッちる”と讀むらしい)で、こんな風に書いてあつた。


◾️麦メシをたいて、その熱い麦メシをお椀に盛り、その上から、濃いめのダシでドロドロにといたみその汁をつめたく冷やして、その熱い麦メシの上にかけながら(中略)、ネギだの、青ジソだの、サンショウの葉っぱだの、ミョウガだの、ショウガだの、キュウリだの、ノリだの、時にはコンニャクのせん切りだのを、きざんでのっけて食べると(中略)痛快な真夏の味がする(後略)


何といふかもう、これだけで旨いのは決りであつて、ことにネギからノリに到る藥味の連續は、目の前で爆竹が弾ぜるやうな爽快感がある。この稿の後半には味噌の手筈も載つてゐて、煩をきらつて引用は控へるが、鯵を素焼きにしながら、序でに味噌も焙つておく。白胡麻とほぐした鯵の身と焙り味噌を摺りあはせ、もう一ぺん焙る。鯵の残り…骨や頭や皮で出汁を取り、“ドロドロのトロロ汁ぐらいに”のばしてゆくさうで、よく冷したそれを炊き立ての麦飯にかければ、これでまづくなる方が寧ろ不思議であらう。さうなると何とか(少々手を抜いても)冷や汁を樂しめないかと思ふのは人情でせう。と思つて、幾つか調べてみた。


◾️マルコメ

https://www-marukome-co-jp.cdn.ampproject.org/c/s/www.marukome.co.jp/recipe/detail/ekimiso_068/?amp=1&usqp=mq331AQOKAGYAdLhhObfzdeItwE%3D

1.きゅうりは、薄い輪切りにする。なすは、へたを切って幅2mmの半月切りにし、塩少々(分量外)をふってもみ、水気を絞る。青じそとみょうがをせん切りにして、水に放してアクを除く。

2.耐熱ボウルに「液みそ 料亭の味」と水1/2カップを入れ、ふんわりとラップをし、電子レンジ600Wで1分加熱する。取り出して、すりごまを加え、冷水を加えて溶かす。

3.器に[2]を注ぎ、豆腐を粗くくずして加え、[1]をのせ、陳皮をふる。冷ご飯にかけていただく。


◾️ヤマキ

http://www.yamaki.co.jp/recipe/%E5%86%B7%E3%82%84%E6%B1%81

1.豆腐は水きりしておく。きゅうりは小口切りにする。

2.あじは内臓を除いて軽く塩をふって焼く。粗くほぐし、すり鉢に入れ、みそを加えて混ぜる。アルミホイルに広げ、魚焼きグリルで焦げ目がつくまで焼く。

3.ボウルに2を入れ、割烹白だし、1のきゅうりを加え、1の豆腐を手でくずし入れて混ぜる。冷蔵庫で1時間ほど冷やす (時間外)。

4.器にご飯をよそい、3をかけ、青じそ、みょうがをのせる。


◾️サッポロ

http://www.sapporobeer.jp/recipe/0000000901/index.html

1.豆腐はちぎってペーパータオルの上にのせて水気をきる。あじは魚焼きグリルで焼き、粗熱が取れたら皮と骨を外して身をほぐす。きゅうりは薄い輪切りにし、塩少々(分量外)でもむ。みょうがは縦半分に切り、さらにせん切りにする。青じそはちぎる。

2.木べらにみそを塗りつけ、コンロの直火であぶって表面に焦げ目をつける。

3.ボウルに焼いたみそを入れ、だし汁を加えて溶きのばし、1を入れる。白いりごまと白すりごまを加えて混ぜ、冷蔵庫で冷やす。ご飯を軽く洗いざるに上げ、水気をきって器に盛り、汁をかける。


 マルコメの手順が一ばん安直ですな。味噌を焙らないし、魚を焼きもしない。“液みそ”を使つてもらはうといふ發想なのか、これくらゐにしておかないと、味噌を使つてもらへないかも知れないといふ危機感なのか。寂しい感じがしなくもない。

 ヤマキとサッポロは割りと丁寧。特にサッポロには調理途中の画像もあつて、意地の惡い見方をすると、サッポロからすると冷や汁でも何でも、呑んでもらふ為の切つ掛けだから、マルコメヤマキのやうに自社製品の宣伝といふ気遣ひをしなくていい。さういふ気がるさがあるのか知ら。

 尤も手早く冷や汁(風)を用意するなら、マルコメ方式を基とするのに躊躇はない。但し茄子の代りに豆腐と、鯵や鰯は面倒なので、鯖罐辺りを使ひたいと思ふ。日向人からは睨まれるだらうし、檀一雄の愛讀者からも文句が出るだらうか。前者に対してはいやまあそこはそれででしてと頭を掻くしかないが、後者には多少の開き直りが出來る。何しろ前述の六十七頁に


◾️名前にビクついたり、オソレをなしたり、材料のナニが足りない、カニが足りないなどと、戸惑うことはないのである。


と書かれてゐる。だつたら擬きでも何でも作るのに越したことはない。次の休日、一ぺん、試してみると致しませうか。なーに、失敗したつて、食べられないほどまづくはならないでせう。