閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

783 梯子どんたく~打合せ篇

 先にニューナンブに就て簡単に云ふと、お酒と冩眞、カメラと蕎麦を愛好する不逞の輩である。頴娃君とわたしで結成した。今はS鰰氏とクロスロードG君を含めて四人。呑み屋の卓を囲むのに丁度いい。それに四人は、同じ話題を囲める最大の人数でもある。

 とは云つても、全員が一堂に會することは滅多にない。それぞれに家庭があり、私用があり、仕事がある。時間の都合やお小遣ひの具合があはなくてはならない。ニューナンブにある幾つかの鐵則のひとつが"無理強ひはせず、無理はさせず"なのも理由に挙げていい。更にこの二年だか三年だか、感染症の大流行が、我われの足を止めた背景もある。こちらはあつたと云ふべきか。

 過去形に傾くのはわたしが、"(用心はしながら)外呑みは解禁"を宣した…我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には、[ユル]や[機會]でお目に掛けたとほりの…まつたく私的な事情がある。さうなつたら、ニューナンブでも集れんものかと考へるのは、人情として不思議ではあるまい。

 尤もわたしを除く三人はいづれも、慎重な態度を保ち續けてゐる。我慢強い。或は慎重と呼ばれた生活にも馴染んで、既に慎重でも我慢でもなくなつたのか知ら。思ひ返すと感染症の爆發的な拡大からこつち、ニューナンブとして動いたのは、[昭島どんたく]の一度きりだから、各々の位置附けが変つてゐても、矢張り不思議ではない。

 

 「そろそろですね、併し集りたいと思ひませんか」

と云ひ出したのは、ここまでの流れからもわたしで、反応が芳しくなかつたのは、予想の範囲であつた。

 (丸太が云ふのだ、呑み屋の卓を囲みたがつてゐるな)

と思はれたとしたら、尤もな推察と応じざるを得ない。詰り集団で近距離で密閉された空間…"三密"と称されるあれ。たれだつたか"集近閉(を避けろ)"と略してゐて、惡くない厭みだと思つた…はいかんよと感じてゐるわけである。

 成る程。

 その点ならこちらも納得する。

 では当面…いつまでが当面なのかは解らないが、兎に角当面は六づかしからう(詰らないけれど)と思つたところに、頴娃君が云ふには

 「屋外なら、リスクは低いんではないか知ら」

そこにS鰰氏が、氏獨特としか云へない落ちついた口調で

 「オープン・エアなら、ありかも知れんですな」

さう附け加へて、何となく風向きが変つた。三つの密を避ける場所を撰びさへしたら、いけさうでもある…とは云へその條件を満たす場所があるのか、どうか。

 

 ある。

 

 それもニューナンブに馴染み深く、今となつては懐かしいと云ひたくなる場所。

 旧國鐵青梅から奥多摩寄り、御嶽の手前に沢井といふ驛がある。降りて急な坂を下ると、道の左手側にあるのが小澤酒造といふ酒藏。わたしは銘柄に因んで澤乃井の藏と呼び、ニューナンブでは蟹と呼ぶ。蟹呼ばはりは感心しないと云ふ勿れ。小澤酒造のイコンが澤蟹で、あの小さな生きものは、水の綺麗な場所に棲む。水と米がすべてのお酒に似つかはしく、それをもつて藏の渾名にしてゐるのだ。

 以前…感染症の迷惑な流行の前は、年に二度か三度は訪ねてゐた。試飲附きの藏見學があり、藏を開く…これは新酒が醸せたお祭り…催しがあり、他にもはつきりは書けない催しもあつて、あすこのお酒は何度も堪能した。實にうまい。大きな聲では云へないが、勢ひまかせに呑みすぎて、記憶を飛ばしたことも何度かあるが、それはお酒の所為ではなく、お酒に呑まれたわたしが惡い。

 

 反省は機會を改めるとして。その小澤酒造…ここからは澤乃井と呼ぶが、その澤乃井の敷地は大きくふたつに分けられる。片方が藏なのは勿論で、見學の際に入れる。もう片方は澤乃井園と呼ばれる広々した空間。[豆らく]に[まゝごとや]といふ、どちらも中々うまい食事処がある。澤乃井の水で料つたのを、澤乃井を呑みながら食べるのだ、まづくなる方が寧ろ不思議と云つていい。今回の流れに沿ふとどちらも

 「(所謂)閉ぢてゐる場所だからね」

といふ理由で、外さなくてはならないが、澤乃井園には公園のやうに東屋があり、卓と椅子がある。各種の澤乃井やお摘みも賣つてゐる。[豆らく]や[まゝごとや]みたいに立派な食事は望むべくもないにせよ、玉川上水の更に上流で、新緑と風があれば、久闊を叙し、一献をかはすのに恰好といへる。

 「折角だから」と云ひだしたのは頴娃君で「藏の見學もしませう。残念ながら試飲は無いけれど、なーに、気にすることも、ありますまい」

異論があるだらうか。某日にその方向でと、一旦纏まつた。本來のニューナンブなら、その日に併せて見物なり催事の参加なりを検討するところだけれど、今回は

 「兎にも角にも、顔をあはせませうや」

といふ一点に絞つたから、ここまではスムースに進んだ。

 

 ここまでと云ふのは、折角なんだし、どんたく…ニューナンブで云ふ泊り…を織り込めないものか、と慾が出てきたんである。青梅沿線の昭島驛から少し歩くと、東横インがあつて、一ぺんそこに泊つた経緯がある。何でまた昭島にと思ふひとは、[昭島どんたく]に目を通してもらひたい。

 「あすこで怒濤の第二部はどうかしら」

さういふ話になれぱ、こちらに否やはない。S鰰氏とクロスロードG君は流石にそこまでは六づかしいと云つたが、頴娃君は乗り気になつて、さてどうするか。それで揉めた、と書けば嘘になる。"無理をせず、無理はさせず"の鐵則に抵触するもの。各々の判断の結果、昭島には頴娃君とわたしが泊ることで話が収まつた。ニューナンブが重く視る打合せをメールのやり取りでしか出來なかつたのは甚だ遺憾に思ふが、そこまで贅沢は云へない。