閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

820 画竜点睛欠

 腹の身に由來するのか、膨らんだ箇所を指す言葉らしい。精肉業界では横隔膜周りの筋肉をハラミと呼ぶ。ハラミと対になる語はクボミ。凸凹の関係と考へればいいのだらう。扱ひは臓物に含まれる。たれでも塩でもうまくて、麦酒にも焼酎ハイにも似合ふから、串焼きのお店で呑む時は外せない。

 ある晩、品書きに"ハラミのステーキ"とあるのを見つけたから、註文してみた。併しハラミはステイク(と書くのは伊丹十三の真似)に出來るほど、纏めて取れるわけではない。どんなだらうと思つてゐたら、おそらくは串用のハラミを、サイコロ・ステイク風に焼いたのを出してきた。成る程。

 大根おろしを添へ、味つけぽん酢を使つてある。ハラミは存外しつつこいから、見た目は兎も角惡くはない。火の通し具合が好みより過ぎてゐたのは、感心しなかつた。好みの話を八釜しくは云ふまい。實際、大根おろしをまぶしつけて食べると、脂つこいのをその大根おろしが緩衝剤のやうに受け止めるので、こちらの草臥れた胃には具合が宜しい。出來るだけ残さないよう努めたが、こつちは中々六づかしい。ぐい呑み程度のごはんがあつたら、綺麗さつぱり平らげられる筈なのにと思ふと、睛を欠いてゐると云はざるを得ない。