閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

825 順序立て

 過日、某所にある某呑み屋に足を運んだ夜の短い話。

 焼酎や泡盛がうまい。蒸溜酒なんてどこで呑んでも一緒ですよと思ふのは間違ひで、ヰスキィのソーダ割りがありますな。あれは上手なバーテンダーが作ると實にうまい。ヰスキィとソーダがひとつになつて、炭酸の刺戟が不思議なくらゐなめらかになる。ハイボールとコーラとはちがふのだ。尤もその夜に呑んだのは黑糖焼酎の水割りだつたけれど。

 その店はつき出しもうまい。ああいふのは邪魔だと主張するひとは、邪魔になる程度のつき出ししか用意出來ない店しか知らないんだと思へる。水割りを舐めながらつき出しを待つ。客が入つてから作るのだ。文句を云ふ筋ではないし、待つのを樂まないと、折角の黑糖焼酎がまづくなつてしまふ。せかせかした気分で呑むのは勿体無いよ。

 たつぷりの野菜をあしらつたお豆腐を出しながら、店のマスターが云ふには

 「こいつを摘んで、も少し待つててくださいな」

否やを云ふ理由はない。早速摘むと、中々よろしい。所謂中華風のドレッシングに山葵を効かしてある。正直なところ、山葵の辛みが鼻をつんと抜ける感覚は、幼いころから今に到るまで苦手なのだけれど、そのつんを焼酎で洗ふのはまつたく惡くない。成る程ねえ。ひよつとして、お酒より似合ひの組合せぢやあないか知ら。

 と思つてゐたら、はいお待たせと焼いた鯖が出てきた。つき出しはお豆腐が前菜なら、主菜が鯖であるらしい。お皿を纏めてもよささうだが、きつと温度や味のちがひを考へたのだらう。焼きたての鯖がまづいなどとは考へられない。それにおれは鯖が大の好物なんである。やあこれは嬉しいなあと思ひながら、身を毟つた。脂がたつぷりのつて、とは云へないが、注意深く火を通された身を食むと、お摘みはかうでなくちやあといふ味が口中に広がつた。黑糖焼酎のお代りを呑み、御馳走さまを云つて店を出た後、お豆腐を先に出したのは、鯖を焼く時間の為だけでなく、その方がうまいとマスターが順序立てを計算したからではないかと考へた。確めたい気分を感じた後、思ひこみが好ましからうと改めた。