閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

832 融通

 天麩羅とおでんに共通するのは、元々が串に刺して供された点である。串一本が四文とか、廉なおやつだつたといふ。丁稚さんがお使ひの途中、こつそり食べてゐたのだらう。一本幾らだから、賣る方も食べる方も、勘定が樂だつたにちがひない。尤も天麩羅とおでんは後年、高級料理に出世した。それで空坐となつた"廉な串"の後継となつたのが串揚げと串焼きで、この稿では前者即ち串揚げに目を向ける。

 

 とは云つたものの、實のところ、ここ暫く串揚げは食べてゐない。胃袋の都合なのがひとつ。おれが足を運ぶ呑み屋では品書きに見当らないのがもうひとつ。さういふ事情が背景にあるので、串揚げがきらひなのではない。

 豚肉。

 玉葱。

 赤ウインナ。

 アスパラガス。

 鶉卵。

 烏賊。

 鮭。

 紅生姜。

 蓮根。

 獅子唐。

 鮪の赤身。

 食べるものに保守的なおれが思ひつくままでも、これくらゐは挙げられて、いはゆる変り種を含めたら串揚げ界はこつちの想像より遥かに広大なのだらう。踏み込んでゆきたいかと訊かれたら、もごもご誤魔化すけれども。

 

 ウスター・ソースを中心に、醤油と味つけぽん酢。それから塩、七味唐辛子。檸檬、柚子胡椒、チリー・ソースにマヨネィーズなんぞを、出來れば小皿に用意したい。お上品を気取るのではなく、味に幅を持たせやすくしたいんである。

 串揚げには矢張り麦酒が宜しからうか。酎ハイのプレーンといふんですか、あれも好ましい。もたつとした赤葡萄酒でなければ、からい白葡萄酒も似合ひさうである。ヰスキィのソーダ割りは、お腹にひと段落をつけた後なら兎も角、摘みつつ呑むのは無理がある。お酒は魚介と野菜ならよささうだが、雪冷くらゐでうまいのが慾しくなつて、流石に串揚げには贅沢でありませう。要するに口中に残る油を流すか、受け止めるか、さういふ酒精が適ふ…と考へるに、串揚げは案外なほど、呑むものを撰ぶのだなと気がついた。これが天麩羅やフライなら、もちつと融通がききさうなのに、どこでちがつてくるのか知ら。

 いや、疑念を解消する前に、串揚げ最良の友を見つけるのが先決である。併しその為には、串揚げを準備して、各種の酒精を揃へて、試行錯誤をせねばならぬ。また種と調味料の組合せを考慮する必要もある。胃袋の調子を慮りつつ試行するとなつたら、とても一晩で撰択出來はすまい。それを"廉な串"に掛ける手間ぢやあないと冷笑するか、長い期間を掛けられる樂みと微笑するかに、呑み助かさうでないかの境がありさうだと思はれる。兎に角けふは、串揚げをやつつけることにいたしませう。