閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

900 令和最初の甲州路-構想

 ニューナンブの甲州行に"甲州制服襲學旅行"の字を宛てたのは頴娃君である。かれの言語感覚といふか、文字感覚は時に私の想像を飛び越してくる。たちが惡い。その甲州には何年か續けて足を運び、何年か續けて無沙汰になつた。無沙汰になつたのは中國武漢發と思しき感染症の大流行があつてからで、この稿を書いてゐる今も、無條件で安心するには到つてをらず、まことに迷惑千万と云ふほかにない。

 

 とは云ふものの、自粛の名を借りた行動の制限が緩かになつたのも事實の一面である。よつて

 「ではそろそろ」

 「計劃をば」

さういふ話が出ても不思議とは云へまい。かくして五年振りにして、令和最初の"甲州制服襲學旅行"が動き出した。

 

 最初の問題は日程である。簡単に甲州と云つても広い。その広い甲州に葡萄酒の藏、ヰスキィの蒸溜所、お酒の藏が点在してゐる。主な驛は新宿寄りから順に、勝沼ぶどう郷甲府小淵沢。各驛間には相応の距離があり、電車の便は決して良好とは云へない。一泊か二泊か、どちらにせよ、行きたい場所を絞らねばなるまい。互ひの希望もあるだらう。そこで先づは叩き台をといふ話になつた。計劃の前段階である。

 

 どこに行きたいものか。

 最初に勝沼のまるきとメルシャン、次に甲府のサドヤ、それから小淵沢サントリー白州蒸溜所と浮んだ。浮んだ順に見學と試飲の有無を確めると、メルシャンでは無闇に高級な試飲會、白州は改装中と判り、候補から外した。

 それから県立の美術館。あすこに展示されてゐるミレーのお針子に私は恋をしてゐる。足を運ばない撰択はない。これで新宿からの移動範囲は勝沼甲府に限られる。詰め込めば一泊でも行けさうだが、無理をするのは気に入らない。

 

 何だかパズルのやうにごちやごちやしてゐる。

 パズルだつたら、ピースを上手に纏める必要がある。

 

 改めて考へるに、今回の"襲學旅行"で私が一ばん重視したいのはまるきの葡萄酒藏である。訪ねたことはあつて、その時の対応がたいへん気持ちよく、また試飲が素敵に美味くもあつたのが印象に残つてゐる。詰り再訪したい。調べると、まるきの見學は平日と休日で少々内容が異なる。内容を見るに平日の方が好もしい。好もしい方の見學をしたいのは人情の当然である。ピースの最初が嵌つた。

 

 新宿を平日朝八時半に發車する特別急行列車かいじ七號に乗れば、勝沼には十時前に着到。そこから"ぶどうの丘"に上る。ここでは県産葡萄酒の多くを試飲出來る。建物内のレストランで晝めしをしたため、まるきの見學(と試飲)に行く。勝沼を夕方四時過ぎに出る各驛停車に乗れば、半時間ほどで甲府着。いい感じぢやあないか。平日發だから二泊コースは確定だが、それは小さなことである。

 

 尤も私より厳格な仕事をしてゐる(筈の)頴娃君が、この日程で支障が出ないかは解らない。ひと先づ、一ぱい呑んでから、こちら好みの日程を纏めるしかあるまいと思つた。