閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

920 令和最初の甲州路-雨天晴天(余)

 一ばん最初は、一回で纏める予定だつた。

 無理と判つて、二乃至三回に分けることにした。

 (前)(後)でも、(前)(中)(後)でも対処出來る筈だから、(前)で始めたが、あまかつた…かなり削つたんだけどなあ。

 

 時系列はおほむね、書いた通りである。葡萄酒藏のお三方に案内してもらつた部分は、言葉遣ひにはかなり手を加へつつ、内容は(当然)崩してゐない。

 他方、私と頴娃君の會話は創作だが、丸々嘘でもなく、大体こんなところだつた。気がする。多分。などと云つたら、我が厳密な讀者諸嬢諸氏から

 「リアリティの点で問題がある」

 「旅行記として如何なものか」

と批判されさうである。併し私はこの一聯の"令和最初の甲州路"にあたつて、"リアリティのある旅行記"を書く積りはちつともなかつた。その積りだつたら、細々メモを取り、葡萄酒藏の見學であれやこれやと質問を重ねもしただらうと、容易に想像出來る。職業的な冩眞家でなく、文筆業者でもない私がさういふ眞似をしたら、この甲州行は實に詰らなくなつただらうことも、また。



 眞面目な話は眞面目なひとにお任せしませう。

 ところで冒頭、"かなり削つた"と書いた。

 筆を慎むのが望ましいと思はれたのが理由のひとつ、後から聯想したことも、書いてから削りおとした。

 うつかり忘れてゐたこともあつた。たとへば[まるき葡萄酒]のラベルに描かれた線画の葉は、銘柄で異なつてゐる。使つてゐる葡萄の品種で描きわけてゐるさうで、判るひとがわかる洒落た仕掛けといつていい。また勝沼ぶどう郷驛から乗つた電車が、盆地を抜けた瞬間に広がつた空と町景色が、あまりにぽかんとして、阿房のやうだつたことも飛ばした。向ひの席に坐つてゐた女性の二人組が、素早くスマートフォンで動画を撮りだしたのを見て、ああいふ使ひ方もあるのかと、妙に感心したのも書かなかつた。まあ自分で撮つたところで、編輯の経験はまつたく持たない私だから、それきりになるのは間違ひない。

 もうひとつ。今回の"甲州制服襲學旅行"では、事實上初めて、"夜に外で呑む"のを試みた。事實上といふのは、最初の甲州路の折、焼鳥屋だかもつ焼き屋で一ぱい呑んだことがあるからで、但しあれは、スーパーどんたくのスタイルが成り立つ前だつた。先に"呑みに行く"と決めた点で、初めてと云つて誤りではない。あすこをを撰んだのは頴娃君だが、事前の情報が限られた中で、うまいこと見つけたと思ふ。無いものねだりを云へば、地元人が通ふ小さな呑み屋や、甲州産に重きを置いた店ならもつとよかつた。頴娃君は衛生観念の發達した男だから、個室が取れることを優先したのだらう。苦情を云ふのは筋ちがひだから、次の機會は東横インの隣にあつた串焼きの店に、こつそり潜り込まうと思つてゐる。

 この二泊三日で、富士の御山が姿を見せなかつたのは、まことに残念だつた。頴娃君が撮つた一枚には、からうじて、然もほんの少し冩つてゐた。尤もそれは注意深く見ないと判らず、たれかだか、何やらをさがせとか、そんな絵本があつたでせう、ああいふ感じだつた。霜月と皐月の湿気のちがひと思ふ。雲に覆はれた八ヶ岳南アルプスも美事だつたけれど、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、甲州で富士を見たいと思ふなら季節を撰び玉へ。

 

 取り留めもなく書き聯ねた最後に、[まるき葡萄酒]のムラカミさん、[サントリー 登美の丘ワイナリー]のヨダさん、[サドヤ]のやまもと氏には、改めて感謝申し上げる。"甲州制服襲學旅行"が豊かになつたのは、お三方の御蔭である。