閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1027 唐揚げを、喰はう

 呑んでゐる夜、唐揚げを喰はうと思ふことがある。それなりに馴染んだ呑み屋の品書きには、鶏の唐揚げと蛸の唐揚げがあつて、さうですね、七対三くらゐの割りで、蛸を撰ぶことが多い。好みは勿論、胃袋の都合でもある。

 尤も仄暖かな夕刻に、空腹を感じる日が無いわけでなく、さういふ時は、鶏の唐揚げと麦酒を、迷はず註文する。ちよいと待つ時間はあるが、その待ち時間も含めて、唐揚げの味だと思つたら、腹も立たない。

 このお店で出す鶏の唐揚げには、マヨネィーズが添へられてゐる。すりやあ、くどいよ、と眉を顰めるひとがゐても不思議ではなく、實際その指摘は正しいとも思ふ。だから使はない、最初のうちは。幾ら空腹でも、一ぺんに食べ尽せるわけではないから、暫く置くことになり、さうすると冷める。そこにマヨネィーズの出番がある。

 醤油をつんとたらしてから。

 七味唐辛子をはらりと振る。

 それを唐揚げでちと触れる。

 味はひが変ると、麦酒(お代り)も旨くなる。酎ハイでもいいのは、今さら云ふまでもないでせう。ある晩、さうやつてころころ悦んでゐたら、偶さか隣に坐つてゐた、うら若い女性と話をする機會を得た。生眞面目な貴女の為に念を押しませう。荷物に触れたかどうかで、これは失礼しましたとか何とか、そんな切つ掛けがあつて、お喋りに到つたのですよ。

 

 中身は記すに値しない。擦過者同士の會話なんて、かろく淺いのが通り相場だし、その時も例外ではなかつた。

 「さういふのだから、いいんです」

その女性がさう云つたのは、ぼんやりと記憶にある。曰く、じしんの公私に関らないひとだから、云へることもあるんです、なのださうで、こつちはどう応じたか知ら。

 先に席を立つて、おやすみを云つた。お店を出る私に彼女は、お手振りをしてくれた。お愛想の代りとは判るけれど、よい気分になれた。またの縁を得る機會があれば、どうです唐揚げを、喰ひませうやと云つてみようかと思つた。我ながら、単純でいけない。