閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1034 買ひそびれたカメラ

 リコーにGXRといふカメラがあつた。

 全体を制禦する本体、受光素子とレンズを組合せたユニットで構成されてゐた。

 単焦点が二種。

 標準ズームが二種。

 高倍率ズームが一種。

 レンズと受光素子を一体にすることで、それぞれに最適なチューニングが出來るとか、確かそんな触れ込みだつた。また本体はあくまでも、操作系のパーツだから、レンズ以外のユニットも取りつけ可能と謳つてゐた。實際、ライカMバヨネットのレンズを附けるユニットを出し、一部の数寄ものが騒いでゐたのを覚えてゐる。

 全体の姿は大振りで、ごつごつしたGRデジタル(当時は未だ、デジタル抜きのGRは出てゐなかつたと思ふ)のやうな感じ。上や背後を見ると、GRデジタルと酷似した部品配置だから、この感想は誤つてゐない筈である。

 

 慾しかつた。

 買ひそびれた。

 何故か知ら。

 

 有り体に云つて、スタイリングは洗練されてゐない。發想は惡くない…といふより、獨創的と呼びたくなるのだが、表に出したい気持ちが先立ち過ぎて、詰めがあまくなつたのだらうか。このカメラが、話題の割に短命に終つた理由は、その辺りに潜んでゐると思はれる。

 併しそれが、買ひそびれの原因かと云へば、どうもちがふ気がする。当時の私はGRデジタルⅡかGX200を使つてゐたから、使ひ勝手に不安があつたわけではない。もつと直接的に値段の問題だつたか。確かにAPSフォーマットのレンズ(ユニット)は、相応の値つけだつたけれど、レンズと受光素子が纏まつてゐるのだから、無体な値段とは云へなかつた。

 かう考へを進めるに、明確な理由なんぞは無く、切つ掛けを掴み損ねただけではあるまいか、と気が附いた。GRデジタルⅡの後は、マイクロフォーサーズに移つた流れを思ひ出すと、そこにGXRの入り込む余地は無かつたし、あつたとしてもそれはごく狭かつた。率直に云ふなら、マイクロフォーサーズを打ち棄てさすに足る魅力を感じなかつた。

 

 リコーファンを公言してゐて、すりやあ、ない。

 と非難されたら、一応は頭を下げるけれど、だからと云つて、すべての機種を無條件で肯定する根拠にはならない。今にして思へばGXRは、意余つて力足らずの典型であつた。とは云へ、意余りではあつても、方向のユニークさは、現在でも通じると思へる。スタイリングを洗練させ、ユニット群の構成を見直せば、GXRⅡは成り立つにちがひないし、さういふ機種が出れば、買ひそびれはしないとも思ふ。

 ここまで書いた結果、値ごろのGXRを見つけたら、手を出しさうな気分になつてきた。自縄自縛の物慾は、たちが惡くつていけない。