閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

576 覚書カメラ

 不意に思ひ出したから書いておく。リコーのXR-10M…ペンタックスのKバヨネット・マウントを採用した、フヰルム式の一眼レフである。リコーのウェブ・サイトで確かめたところ、發賣は平成二年。当時の希望小賣価格は三万四千八百円。同年發賣の他社機には、キヤノンEOS10(九万円)と同1000(四万七千円)、ミノルタα8700i(八万八千円)があつて、較べるまでもなく随分と安い。實賣の値段では、もつと差があつたのではないかと思ふ。その頃の量販店で、リコーの一眼レフを見たことは一ぺんもなかつたけれど。

 

 廉価だつたのは当然で、当時は自動焦点の機能が第二世代に入り、これから伸びるぞといふ時期だつたのに、XR-10Mはその方向を無視してゐたのだから。この機種の二年前に出したMIRAIといふ機種では採用してゐる。なので自動焦点の技術がなかつたわけではない。と云ふことは、流行…これからの主流に敢て目を瞑つたと見るのが妥当かと思はれる。では目を瞑つたのは何故か気になるのは人情の当然で、レンズを揃へるのが面倒だつたのだらうと、わたしは睨んでゐる。

 

 リコーが採つたKバヨネット・マウントの互換性は、あくまでもペンタックスが公開した範囲、有り体に云へば形状とフランジ・バックだけで保たれてゐた。なので自動焦点化を進めても、ペンタックスのレンズが対応するわけではない。

 「まあ、エエか」

きつとリコーの中のひとは、さう結論を出したのだらう。あの会社はカメラ専業ではないから、決断はあつさりしてゐたにちがひない。良くも惡くも、あすこの性格が見える気がする。そのくせリコーは、カメラの事業を棄てる積りは毛頭、無かつたらしい。思惑はよく解らない。技術といふのは無くなると、取り戻すのは不可能に近いといふから(ミノルタがある時期まで二眼レフを造り續けた事情はその辺にあつたらしい)、それはまづいとで思つたのだらうか。曖昧と云へば曖昧なままの経緯で、XR-10Mは造られた。

 

 絞り優先自動露光が使へるのが、特長だと云へば云へなくもない。その露光周りをもう少し見ると、露光補正は勿論、自動段階露光…オート・ブラケットや最大卅二秒の長時間露光も出來る。序でに巻き上げと巻き戻しだつて自動化されてゐる。これが単三乾電池四本で動くのだから、値段を考へれば中々、訂正、かなりデラックスな仕様と云へる。Kバヨネット・マウントの本家ペンタックスで、近い仕様の機種は、平成九年のMZ-M(四万円)まで無かつた。

 但し見た目は惡い。感心しないとか宜しくないではなく、積極的に惡い。兎にも角にも野暮つたく、流行つてゐる機種の姿に似せておけばいいやといふ感じで、賣る積りがあつたのかと邪推までしたくなる。リコーの歴史を見渡すと、オートハーフやR1(後のGRに繋がる)といつた、優れたスタイリングの機種は決して珍しくないのに。それともどこかから、OEMで供給を受けてゐたのだらうか。

 

 併し、視点をずらして、野暮もまた味だと思へれば(ここが六づかしいのだけれど)、XR-10MはKバヨネット・マウントを樂に使ふのに適した一台である。大振りで不恰好な本体は、乾電池を入れる箇所がグリップになつてゐて、重さが右手側に偏るのだが、ズーム・レンズや口径の大きな単焦点レンズだと、そこが解消される。實際、マクロや中望遠レンズと、小さな三脚を持つた、一泊二日の撮影行程度なら、現代でも十分に使へるのは間違ひない。まあこんな冗談みたいな眞似を推奨するわけではなく、自分でもする積りはないが、覚書きとしておく。ほら、冗談から駒とも云ふことだし。