閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

654 漫画の切れ端~"ドカベン"のシリーズ

 記憶に残る旧い漫画の話。


 大勢ゐる世の中の漫画家でふたり、時系列も出版社も無視して、何をやつてもかまはないと思へるひとがゐる。ひとりは松本零士。もうひとりが水島新司で、どうやら水島の漫画は、"ドカベン"にほぼ、集約されるらしい。多少曖昧な云ひ方になるのは、『あぶさん』といふ例外があるからで、あの醉つぱらひの大打者は残念ながら、山田太郎岩鬼正美と共演しなかつた。

 

 ご存知ないひとの為に云へばこの長大なシリーズは、『ドカベン』と『大甲子園』がまづあつた。この二作は直接に繋つてゐる。後年(本当かどうか、ライオンズに在籍してゐた当時の清原和博が、"山田と野球をしたい"と水島にねだり、噂を聞いた当時ブルーウェーブイチローが、"それなら僕は殿馬のチーム・メイトになりたい"と云つたとやら)『ドカベン プロ野球編』、『同 スーパースターズ編』、『同 ドリームトーナメント編』が成り立つた。實際はそこに『球道くん』に『一球さん』に『男どアホウ甲子園』、『野球狂の詩』が混つてゐる。尤も時系列は滅茶苦茶なのだが、そこを突つ込んではならない。

 

 實例を挙げませう。

 最初の『ドカベン』には、後年清原の後輩になる山田が、練習で甲子園のスタンド上段に打球を叩き込んだのを、タイガースで元気だつた田淵幸一掛布雅之が目にして呆れ顔を見せる場面がある。

 『大甲子園』では、『プロ野球編』以降で出てこない東京メッツ岩田鉄五郎が姿を見せる。但しそのメッツは『スーパースターズ編』の番外で、札幌華生堂メッツ(本拠地が移転したのだ。序でながら知る限り、水島漫画の架空球団で企業名が出たのはこの一例のみだと思ふ)として、スーパースターズと日本シリーズを争ひもする。

 

 外にも或はと挙げてゆくと切りがなく、但しそれら…時間の経過具合や登場人物の関係性…を矛盾してゐるだの何だの指摘するのは、水島漫画の望ましい樂み方とは云へない。

 「ははあ。御大、今度はさうきたのか」

驚き呆れ、また笑ふのが正しい。アメリカのヒーロー・コミックでは、クロスオーバーと称して、ヒーローが共演するでせう。帳尻合せに中々の無理をしてゐる気配が濃厚だが、あれをひとりで、野球の漫画でやつたのが"ドカベン"のシリーズだと云へば、何となく納得してもらへさうな気がするし、石ノ森章太郎永井豪横山光輝も、こんな眞似は出來なかつたと思へば、まつたく大したものだと云つてもいい。

 

 水島御大は漫画家を引退したさうだが、後は讀み切りで是非、土井垣将と犬飼小次郎のプロ対決を描いてもらひたい。