閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

764 大坂の本棚に~上橋菜穂子

 "守り人"のシリーズなど/新潮文庫

 母親には少女小説趣味がある。村岡花子が訳した"赤毛のアン"に夢中だつたと云ふくらゐで、後は歴史小説(司馬遼太郎)と探偵小説(クリスティとクィーン)さういふ趣味の持ち主にとつて、上橋菜穂子は好感を抱くに足る小説家だと思ふ。

 全巻、一讀した"守り人"は、ファンタシーでありつつ、民俗風俗や地理の考証がしつかりしてゐたのには感心した。主人公たちと相対する側にも、その行動には納得出來る事情と理由があつて、単純な善惡の対立にしてゐないのもよい。

 成る程。おれの本の好み原型は、この辺なのだな。

 それは兎も角。母親の本棚には、不思議なことに詩集歌集の類が一冊も並んでゐなかつた。お蔭で今に到るまで、詩歌がまつたく解らない、非文學的な嗜好になつて仕舞つたのだな。そこで、一夕、文句…不満を云つたことがある。さうしたら反論の代りに与謝野晶子上田敏を暗誦した。不肖の倅としては驚かざるを得ない。曰く、それが流行りだつたさうで、もしかすると当時の少女たちにとつて、詩歌は讀むのではなく、暗誦するのが当然で、活字を買ふまでもなかつたのかも知れない。