閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

926 何十年後かのサーディン

 今は知らないが、幼い頃に観てゐた『セサミストリート』は、日本語吹替へではなかつた。それでも面白かつたのは、施された英語教育の賜物、ではなく、出來の佳い番組だつたからである。アーニーとバート、ビッグバードクッキーモンスターカウント伯爵は今も覚えてゐる。NHKの出版で日本語訳の本…雑誌に近かつたと思ふ…があつて、繰返し讀んだのも覚えてゐる。その本にキャラクタのひとりであるオスカー(ごみ箱に住んでゐる)が、赤ちやんの食事の話題に

 「どうして鰯のサンドウィッチを食べさせないんだ」

と口を挟む場面があつた。オスカーは少々意地が惡いが、いいやつだから、赤ちやんも鰯のサンドウィッチを喜ぶにちがひないと思つたのだらう。それはいい。併し"鰯のサンドウィッチ"といふ食べものは、知つてゐる鰯料理といへば、塩焼きと生姜煮だけだつた、少年の私をひどく困惑させた。

 以來何十年か過ぎ、お手製オイル・サーディンをあしらつたバゲットで、葡萄酒をやつつけながら、オスカーはいいことを云つたのだなと思つた。赤ちやんには、すすめられないけれども。