閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

925 辛いお味噌で

 過日、久し振りに馴染んだ(筈の)呑み屋に足を運んだ。我ながら珍しく空腹を強く感じたので、壜麦酒と一緒に、串焼きの六本盛合せを註文した。普段なら塩とたれで三本づつ、出してくるが、ここは辛味噌でも焼く。思ひたつて

 「塩とお味噌で焼いてもらふつて、出來ますか」

訊くと、出來ますよとの返事だつたので、それで頼むことにした。我が儘な態度である。ではあるが、他のお客は少かつたし、それを通せる程度、これまで呑んでゐるとも思ふ。

 麦酒を呑み、つき出し(茄子をさつと焚いたの。中々宜しい)を摘みながら待つた。先客の串焼きが仕立て中なのに気が附いて、おれは腹が減つてゐるのに、そんなのを焼いてゐる場合ぢやあないだらうと考へた。聲に出さなかつた分、ここは礼儀を守つたと受けとつてもらひたい。それに串焼きの味には、焼かれてゐる待ち時間も含まれる。

 出てきた。三種が塩。残る三種が辛味噌。味噌を塗つてから焼いたのでなく、焼いてから味噌を塗つてある。焼き味噌式では網の手入れが面倒だらうから、止む事を得まい。空腹への不安が失せたから、鷹揚な気分で囓ると果して旨い。味噌で不味くなる道理はないんだから、当り前である。併し旨いものがうまいなら、悦ばしいのも当り前である。

 壜麦酒が空になつた。辛味噌との相性が好もしからうと踏んで、お代りに焼酎ハイを頼んだ。正解だつた。それで味噌串焼きは肉やもつだけでなく、葱や大蒜の塩串にも似合ひさうだと気が附いた。また味噌自体もお摘みになると判つた。最後の点に関しては、うつかりの産物といふ他にない。御馳走様を云つてから、次の機會にあの辛いお味噌をどう樂むのがいいか、ちよいと考へた。