閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1029 そんなら

 田辺聖子さんのエセーで讀んだ川柳…だつたと思ふ。

 だんだんと そんならの出る おもしろさ

 記憶だからどこか、間違つてゐるかも知れないが、そこは気にせずに續けますよ。

 川柳の讀み解きほど、詰らないこともない。だけれどこれだけでは、何を詠んでゐて、どこでにやにやするのか、よく解らないでせう。

 男女の一句なんです。差しつ差されつ、指を取りあひ、掌をつつきあひながら

 「そんなら、ウチがね」

 「そんなら、ぼくがな」

口説いてゐるのやら、口説かれてゐるのやら、囁きあふ様の一筆書き。但しこれを、あの行為へ到る駆け引きと受けとつたら、直截に過ぎませう。こんなやり取りが出來るんだからね、共寝の時間が待つてゐるくらゐ、互ひに解つてもゐる。

 さうだらう。

 さうよね。

 ぢやあ寝ませうか。

とは併し、ならない。そんな安直な態度では、夜の長さの愉みが減じて仕舞ふ。酸いと甘いを嚙み分けた同士だから成り立つ駆け引き…川柳と云つて、我がわかい讀者諸嬢諸氏は

 「ぜんたい、何を云つてゐるんだらう」

きつと首を傾げるだらうなあ。わかくない私はその傍ら、かろく微笑むに留めたい。一応説明すると、かういふ艶つぽい詩は、その部分へ直に光をあてては、興が醒めるんです。ぼんやり曖昧だから、出來のいいお酒のやうに、ほんのり香りが立つてくる。田辺聖子さんは、その辺りがまことに巧みな書き手でした。