閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

749 Eマウントのお話

 ソニーがレンズ交換の出來るデジタル・カメラに手を附けたのが、コニカミノルタから事業を譲り受けてからといふのは、案外もう忘れられてゐるかも知れない。

 最初は期待してゐたのだ。コニカミノルタの前のコニカミノルタには、カメラ史上で忘れ難いブランドがあつた。それを大事にしてくれるんではないかと思つたのである。

 コニカならヘキサノン、へキサー、さくら。

 ミノルタで云へば、ロッコールやハイマチック。

 当時からソニーはツァイス銘のレンズを採用してゐて、そこに伝統ある銘を上手に配置したら、凄いことになるぞと思つたんである。實際にはαの銘しか残らなかつた。ヘキサノンやロッコールを、α用…Aマウントのレンズで用意してゐたらと考へたら、残念な気がする。

 すりやあまあ、営業的な視点で見れば、複数のブランドを扱ふのは、色々と無理があると云ひくなるだらう。尤もな気持ちである。コシナ社は、フォクトレンダーとそのレンズ・ブランドを巧妙に扱つたぞ、と指摘したくはなるが、ソニーはカメラやレンズの専業ではない。

 

 そのα用Aマウントは、ミラーレスAPSのNEXでEマウントに舵を切つた時に、事實上の終了となつた。現行品ではあるけれど、新しいのは出てゐないのではなからうか。

 一眼レフでは、ニコンキヤノンに太刀打ちするのは六づかしい、と判断したにちがひない。正しかつたと思ふ。何しろソニー版の一眼レフαは、軽快感がまつたく無い、ぼつてりしたスタイリングだつた。ソニーの自慢は、優れたスタイリングの筈なのに、あれぢやあ賣れないよ。

 それでミラーレスに移行するぞと決めたのは慧眼だつた。わたしは公平な男だからね、これくらゐは云ふ。云ひはするが、初代のNEXは、公平なわたしの首を傾げさせるスタイリングでもあつた。蒲鉾板に握りを附けたやうで、あの發想はどこから出たのか知ら。

 ただソニーには、サイバーショットのTやUで、中々に思ひきつた形を採用した實績があるから、従來機の姿にとらはれなくてもよからうさ、とでも考へたのだらうか。まあこの會社は、ウォークマンがさうで、コンパクトに纏める方向だと實に巧いのに、NEXはなあ…と云ふと、NEXだつて十分コンパクトぢやあないかと反論されさうだが、ソニーにとつてはそれでも大きかつたのだらう。

 

 尤もNEXのスタイリングに首を傾げたわたしは、正しくなかつたらしい。肩や首からぶら下げたひとを何度も見掛けたのは、受け入れられたからと考へていい。結果、後継機も基本的には初代を継いだ。担当者の鼻も高くなつたらうな。

 フルサイズ・ミラーレスでもα銘が用ゐられるに到つて、NEXもそちらに吸収される。ここでフルサイズ・ミラーレスのαでも、Eマウントが採られた点は注目したい。

 詰りソニーは当初から、そこまで想定した設計をしてゐたわけで、後發の強みと云つていい。α7と名附けられたボディの、NEXに無理やりEVFをくつつけたやうな姿は、わたしの感覚だと、どうにも不恰好な姿に映つたけれど、八釜しいことは、云ひますまい。序でに云ふと、α7の所為でNEX系統のスタイリングがましに見えてきたのは、予想の外であつた。

 さてEマウントが優れてゐる、が大袈裟なら、便利なのはサード・パーティ製レンズや、アダプタ経由のレンズ游びに使ひ易いことで、マイクロ・フォーサーズを常用する身からすると、まことに羨ましい。

 

 そんなら手に入れても、いいんぢやないか。

 さう思ふひともゐるだらうから、ソニーのウェブ・サイトを見た。現行機でα7系の一眼レフ擬きは省くと

 イ)α7c

 ロ)α6600

 ハ)α6400

 ニ)ZV-E10

の四機種がある。イ)はフルサイズ(後の三機種はAPS)、ニ)は動画主体の機種なので、NEXの流れを汲むのは、ロ)とハ)になる。流れと云つても、NEX時代の"高級機"系(NEX5/6/7)の流れで、蒲鉾板に附けられた握り…グリップが大振りである。ボディだけだと、いかにも不均衡な姿なのだが、レンズを附ければましになる。とは云へ、上から眺めると、妙な厚みがあつて感心しない。そもそも仮に入手するとして、それはスタイリングに目を瞑るのが前提なのだから、現行機にお金を払ふ気分にはなりにくい。加へてこちらには、αは一眼レフのブランドである、といふ気分が根強く残つてゐる。

 NEXを撰ぶことになるだらうな。

 と云つたら、熱心なソニー・ファンから、何を今さらと呆れられるか、咜られるか、すると思ふ。気持ちは判る。ただこちらは(惡意までは持たないにしても)ソニー・ファンではない。第一、NEXの初代が出た頃なら、レンズ交換の出來るデジタル・カメラは、十分な性能を有してゐる。最新現行の機種でしか使へない機能が必要なら、話は異ならうが、さういふ事情も無い以上、スタイリングに難のあるカメラに払ふ対価は廉に限る。

 

 具体的に考へれば、NEX-5の系列。最初の5から順にN/R/Tと續き、以降はα銘に統合される。この系列から、5Rを撰びたい。機能的にはどれを撰んでも、大してちがひは無い。その中でNEX-5Rを採るのは、要するにRの文字が好きだからに過ぎない。それにレンズ…16ミリか20ミリ。游びに使ふのが本心、目的と云つても、一応の形は整へておきたい。

 ここまで準備をすれば、後は面白がるだけである。散々くさしたけれど、旧來のカメラの姿から、多少の距離を置いたNEXは、その距離の分、どのレンズを附けても、不釣合ひにはなりにくい。元の恰好が惡いのだ、却つて崩れにくいのだらうなと…厭みはさて措き、これならライカMマウント用のアダプタで、Mロッコール(28/45/90ミリ)やGロッコールの28ミリ、或は各種のKMヘキサノンを使へる。ソニーが忘れてゐるらしい歴史への敬意を、こつちで勝手に補填出來るわけで、これもまた厭みの範疇だらうか。