閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1053 これはこれで

 東都で啜る麺と云へば矢張り蕎麦なんだが、近畿人であるところの私であるから、時に饂飩が恋しくなる。青葱をたつぷり散らし、温泉卵と揚げ玉に、とろろ昆布のひと刷毛があれば幸せといふものだ。他に油揚げがいいのは勿論、海老の天麩羅もよく、甘辛く炊いた牛肉も叉うまい。そこで近畿…大坂獨特の種ものを挙げるなら、紅生姜の天麩羅だと思ふ。東都でも、もの数寄な立ち喰ひ蕎麦屋が、種ものに用意してあるのは知つてゐる。ただそれは牛丼屋のやうな細切りの掻揚げである。近畿人の思ふ紅生姜の天麩羅は、ぺろんとしたのを、ぺろんと揚げたやつなので、それぢやあ酸つぱく辛くないかと、東都人は心配するやも知れない。その懸念には、蕎麦に七味唐辛子をばさばさ振りかけるのに較べれば、何と云ふこともあるまいと応じておく。

 併しさうなると、もの数寄な立ち喰ひ蕎麦屋で、紅生姜の掻揚げ蕎麦に、七味唐辛子を振つた私の立場は、如何なものかと非難される可能性が出るが、これはこれで、惡くない。