閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1060 現代離れ

 何回か前、コシナフォクトレンダー銘のベッサTを話題にした。今回はベッサLを話の種にする。

 ライカねぢマウント。

 ファインダは無し。

 測距の機構も無し。

 但し露光計は内藏。

 筐体はプラスチック。

 要するに現代風(といつても、ベッサLが發賣されたのは廿世紀末だけれど)のライカⅠcで、露光計があるのと、二千分ノ一秒を使へるのだけが利点であつた。

 このカメラを基に距離計に聯動するファインダを搭載したのがベッサR、ライカMバヨネットの互換マウントと、精度の高い距離計(ファインダには聯動しない)を採用したのがベッサTと見立てればよく、この辺りは社内で予め、ある程度は考へてゐたのだらうな。

 だつたら最初からRなりTなり、出せばよかつたのに…と思ふのは素人の淺はかさ。ライカ並みの精度で聯動式距離計を造るのは、相当な苦辛が必要だつたと、インタヴューで社長が話してゐた。とは云へそこで、あれもこれも何も無いカメラから始てみるか、などと考へるかね。

 併しベッサLのスタイリングが、ベッサR及びベッサTへと受け継がれてゐるのは明かだし、RやTのスタイリングをいきなり調へるのは六つかしいといふ点を考慮するに、あのカメラは必要だつたと考へるのが、妥当だらう。更にコシナ社は、ベッサLと同時に、十五ミリと廿五ミリを出した。詰り算盤づくであつたのだな。

 さてそこで。改めてベッサLを見ると、被冩体との距離は目測、構図を取るのも面倒で、何も出來ない、恐ろしく面倒なカメラに思へる。いや實際に面倒であつた。断定するのは使つた経験があるからで…待てよ何故、買つたのか知ら。記憶は措き、もう一ぺん、何も出來ないベッサLを眺めると、何も出來ないのは、何でも出來る裏返しではないかと思へてきた。正確には、組合せ次第で、何でも出來る"かも知れない"なのだが…勘違ひも横に措く。

 

 仮に(あくまでも仮ですよ、為念)ベッサLをもう一度、贖ふとしませう。先づコシナ社が用意したアクセサリに、ダブルシュー・アダプタがあつた。なのでこれを何とか手に入れる。これでアクセサリ・シューが二つになる。その片方に単獨の距離計を立てる。ライツ社製になるだらうな。もう片方には、レンズに対応するファインダを乗せる。卅五ミリか五十ミリか。ソヴェトのターレット・ファインダ(確かツァイスの模造品)を乗せる手もある。かうすれば、姿は兎も角、機能としてはベッサTと同等になる。それだと速く撮れないよと云はれるだらうけれど、元々私は速撮りをしない(寧ろ苦手である)し、視力が極端に惡くもあるから、その点は気にならない。見立て方によるのは承知して、ベッサLは

 「不便を前提にした万能のカメラ」

ではないかと云ひたくなる。フヰルムを一本詰めて、ゆつくりゆつくり歩きながら、一枚一枚撮つてゆくのは、まつたく現代的ではない冩眞の贅沢な樂み方と思へるが、こんなことを云ふと、コシナ社の人びとは厭な顔をするだらうか。