閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

835 ごく安つぽいあのカメラ~續 たちの惡い記憶

 ごく短い期間、ライツ・ミノルタCLを使つた。半ば衝動買ひ。そんな買物が出來たのは、露光計がいかれた分、廉価な個体だつたからである。コシナフォクトレンダーのカラースコパー35ミリ(ねぢマウントのやつ)を附けた。

 まあ實に安つぽいカメラだつた。握つた感じが薄つぺらで頼りなささうで、シャッターを切ると震へが伝はりもして、その頃のライツ社は、色々がたがただつた筈だが、カメラまでがたがたにしなくても、いいぢやあないのと思つた。またストラップが縦吊りなのはかまはないとして、その取り附け位置が、巻き上げレヴァと反対方向にあつたのも気に入らなかつたのも思ひ出した。

 一方で褒めたい点もあるにはある。

 第一には当時の現行機であるライカM5、ライカフレックスSL2と、スタイリングに共通点があること。上からの眺めがほぼ同じなのは、ライツ社がスタイリングを意識してゐた間接的な証明になる。

 第二にフヰルムの装填が非常に簡単になつてゐること。正確には底蓋を外してフヰルムを入れさせる従來の方法が駄目なのだが、旧コンタックス式の裏蓋を取り外す式を採用したのは正しかつた。

 第三として、従來のMバヨネット・ライカのどの機種より小さく軽いことを挙げる。どうもおれを衝動買ひに到らせた理由はこの点にあるらしい。安つぽからうが何だらうが、持ち出すのに躊躇や苦痛を感じさせない大きさと重さは、カメラの基本的な條件ではなからうか。

 だつたらね、と我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は、ぜんたいどんな理由で、そのCLを"ごく短い期間"しか使はなかつたのだらう、と首を捻りさうな気がする。

 確かにその通りで、今となつてはその辺の事情は自分でもよく解らない。手に入れた当時はまだ、フヰルムも廉で、町のあちこちに一時間プリントの店もあつた。35ミリのブライト・フレイムはなかつたが、ファインダ全体がほぼ相当するから、町撮り…いはゆるスナップなら、パララックスを気にせずともよかつた。どちらにせよ、カラースコパーは七十センチメートルまでしか寄れない…と書いておれはスナップが苦手な上、寄つて撮りたがる癖があると気がついた。CLには六づかしい被視体を好んで撮らうとするんだもの、手元に長く残る方がをかしい。

 そのCLを偶に思ひ出す。使ふかどうかは兎も角、改めて手元に置くのも惡くないかなどとも思ふ。測光用の腕木を外すか動かなくすれば、ソヴェトのジュピター・レンズを附けられるだらう。手持ちのジュピターはモノクロームで撮ると、中々よく冩るレンズだが、後玉が飛び出てゐて、ボディを撰ぶのだが、ライツ・ミノルタCLだつたら似合ふと思ふし、日獨ソの組合せは皮肉が効いてゐる。

 おや、してみるとおれはあの"實に安つぽいカメラ"に妙な好感を抱いてゐるらしい。もう一度念を押すとおれが云ふのは、ライツ・ミノルタの方。老舗のライツ・ライカ屋の分家にミノルタ商店からやつてきた義理の息子のやうな、と云つたらライカ愛好家とミノルタ・ファンの双方から咜られるにちがひないが、その曖昧な立場が、伝統からの距離を取らせることになつて(だからソヴェト・レンズとの組合せに不自然を感じない)、おれに好感を抱かせるのかも知れず、だとすれば随分と惡趣味な話ではある。