閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

283 僅かな余生の樂しみに

 吉田健一がハムエッグ…かれの書き方だとハム・エッグス…について触れた一文があつて、以前にどこかで引用した筈だから、ここでは引かない。辛子とソースを塗りたくり(吉田いはく、西洋風の砂糖醤油の味)、麦酒のお供にしたといふのが實に旨さうである。

 残念なことだが、わたしはハムエッグを肴に麦酒をやつつけた試しがない。厭がつたわけでも止められたからでもなく、切つ掛けに恵まれないだけのことで、では何故その切つ掛けに恵まれないかと云へばごく簡単に

「ハムエッグは朝めしに食べる」

といふ思ひ込みの所為である。

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 画像がその證拠。

 いや別に朝めしで麦酒を呑んだつて、かまはないさといふ見方もあるだらうし、そこは強く否定も出來ないのだが、實家で母親が作つてくれたハムエッグを前に、冷蔵庫から一本の麦酒を取り出すふてぶてしさの持合せはないのですよ。

 トーストに挟んでかぶりつく。溢れた黄身は残したパンの耳で綺麗に拭ふ。これもまたハムエッグの食べ方であらう。まあ僅かな余生だもの、一ぺんくらゐ、朝から辛子とソースを塗りたくつたハム・エッグスで麦酒を引つ掛けたところで、文句を云はれる筋はないとも思はれる。