閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

128 とりとめのないカメラなどの話(その3)

 ハッセルブラッドスウェーデンのカメラで、ツァイスはドイツのレンズで、スウェーデンとドイツが仲良しなのかどうかはよく知らないが、この組合せは凄い。ことに503SWといふボディにビオゴン38ミリレンズの組合せは凄い。ハッセルブラッドはブローニー判の6×6センチ・フォーマットを採用してゐて、このフォーマットでの38ミリはライカ判…詰り35ミリ・フォーマットで大体21ミリ相当の画角になるらしい。いはゆる“超広角”レンズ。ライカ判で同じ画角の有名なレンズ銘を挙げると、スーパーアングロンやエルマリートだらうか。外の銘が直ぐに出てこないのは、これくらゐの画角になると、今もどこか、特殊レンズの趣きが残つてゐるからではないかと思ふ。…ああさうだつた。とりとめないと云つても、503SWとビオゴン38ミリの組合せの何が凄いのかは、触れておかなくてはならないですな。簡単に云へば描寫がけたはづれに凄い。以前、あるひとに、これで撮つた現代建築(だと思ふ)の寫眞を見せてもらつたことがある。寫眞自体は詰らない出來だつたが、(超)広角レンズが避けて通れない筈の周辺の歪曲や、光量不足が微塵もなくて、世の中には化物レンズがあるものだと呆れたのは忘れ難い。

 それでレンズの描寫にそれほど興味を感じないわたしを驚かせたのだから、ツァイスは凄いといふことになつた。

 慌てて云ふと、本当のところ、かういふ感想はをかしいんです。寫眞はレンズで決まると断じたツァイスや、何故ならレンズがとてもいいからと胸を張つたフォクトレンダーには申し訳ないが、寫眞はレンズでどうかうなるものではない。わたしが使ふノクチルックスと、植田正治が使ふタムロンの安ズームレンズのどちらが、寫眞に近いだらうか。想像力を働かす時間も勿体無いでせう。ただそれにも関はらず、素人目にも兎に角凄いと感じられるレンズがあるのもまた事實で、これも見せてもらつた寫眞の記憶を云ふと、11×14インチの密着プリントにも度胆を抜かれた。大判カメラにフヰルムパックひとつ(撮れるのは2枚)で撮つたもので、その2枚の為に1年くらゐ費やした…同じ場所を何度も訪れ、時節と時間をずらして何枚も撮り、最良のタイミングを確かめたのだとか…さうだ。相当に絞りこんだのだらう、隅々までシャープな寫りで、呆れて仕舞つたのを覚えてゐる。ただまあ大聲では云ひにくいが、寫眞としての印象は残つてゐないから、大した出來ではなかつたのだらうな。もしかして大判の密着に圧倒されただけなのかも知れない。

 だつたら化物レンズは503SWのビオゴンだけなのかといふ話になるが、もうひとつ、京セラコンタックス用の50ミリ・プラナーがあつたのを覚えてゐる。これは自分で使つた。コンタックスRXと一緒に買つたもので、使ひはしたが、使ひこなせないまま手放した。但し嵌つた時の寫りは、おれも上達したのかと勘違ひ出來るほどで、眞夏の晝間に祇園で撮つた。コダック富士フイルムか曖昧だけれど、使つたフヰルムはモノクローム。炎天下の白壁と日除けの蔭が、プリントで滑らかなグラデイションになつてゐたのには本当にびつくりした。云つておくがそれは、L判くらゐのサイズであつて、普通はその程度の大きさで、レンズの特徴といふか、さういつたところは判らない。スマートフォンやパーソナル・コンピュータのディスプレイと同じである。それが記憶に残るほどはつきり判つた(その記憶に補正が掛つてゐる可能性は否定しない)のだから、矢張りツァイスは凄いのだと云ひたくなつてくる。かういふのも矛盾と呼んでいいのか知ら。

 併しレンズにまつはる思ひ出なら、どこでたれと撮つたか、と混ざつてゐるのが本道と思へて、その意味では、ここで再びタムロンに登場願ふと28‐200ミリがそれに相応しい。改良を重ねた何世代かがある中、ここで云ふのは初代である。その前にキヤノンが出した35‐350ミリといふ高倍率のズームレンズはあつたが、そちらは特殊レンズの趣きが濃厚だつたのに対し、タムロンは我われが買へる程度の値段だつたのは大したもので、技術の見せびらかしに留まらなかつた證と云へる。これはきつと便利だと思つて買つた。何に便利だと云へば、デートに便利…レンズ交換の手間を省けると思つたので、レンズでもカメラでもかういふ“正しい動機”で買つた例は、ひよつとするとこの1本だけかも知れない。ただ率直なところ、感心は出來なかつた。寫りが並みなのはいいとして、ズームの全域で2.1メートルまでしか寄れないのは、使ひ道が随分限られたと思ふ。

 とは云へ何で目にしたか記憶は曖昧だが、タムロンもその難点は最初から把握してゐた。解消は不可能ではないとして、当時の技術で対応するとレンズが大きくなる。持ち歩きに不便のないサイズ(セブンスターの箱を円筒形にしたくらゐ、を考へてゐたといふ)と最短撮影距離を天秤で秤り、後者を撰んだタムロンは賢明だつたし、えらくもあつた。かういふレンズだつて、あるのだぞ。といふ点で、美事なブレイクスルーだつたと思ふ。寄れないのは困つた…この問題は後發のシグマが先に手をつけ、そこから小型化と共に競争が始つた。何事にもライバルは必要といふ好例であらう…と云つても、寄る必要のない場合には實に便利でもあつた。その場合、たつたひとつの不満は、フードが浅い上にしよぼくれ(当時のタムロンにはその傾向が強かつた)た出來で、その頃も今も、如何なものだつたかと思ふ。

 さういふ不満を感じながら、それでもこのレンズをデートで活躍させたのもまた事實。ひよつとすると、京セラのSAMURAIに固定されたズームレンズと並んで(こちらは数を撮れる利点の方が大きかつたけれど)、便利に使つたかも知れない。撮つた寫眞は次のデートでプリントを見せ、何枚かをプレゼントするのが約束事だつた。単純で無邪気と云へばそれまでだけれど、惡い意味の理窟が身につかない時の撮影でもあつて、その感覚はもう残つてゐない。あの頃の膨大な寫眞はどこにいつたのか。