閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

414 したたかポーク

 豚肉の塩漬けの罐詰。

 「ああ。スパムの事でせう」

と云ふひとがゐさうだが、スパムは銘柄のひとつなので(外にホーメルやチューリップがあつたと思ふ)、注意しなくてはならない。より正確にはポーク・ランチョン・ミート。十数年前に沖縄で聞いた時は単にポークであつた。では豚肉はポークぢやあないのかと思はれて、そちらはミミガーやティビチーと、調理と混ぜた呼び方をされてゐた記憶がある。スパムだけが飛び抜けて有名なのは、軍隊の糧食に採用されてゐたからで、モンティ・パイソンだつたか、食事がスパムとビーンズ計りだつた事を散々揶揄はれた挙げ句、迷惑なメイルの代名詞にまでなつた。出世といふべきかは判らない。

 ここからはポークと呼びますよ。

 炒めものには大抵、入つてゐた。汁ものにも入つてゐた筈で、云はば豚肉の細切れのやうな扱ひではなかつたらうか。塩漬けで調味に気を遣はくていい分、細切れより便利ともいへる。かういふ使ひ方はおそらく沖縄人の發明だらう。かれらにとつてのポークは、米兵が

 「見るのもうんざりする」

くらゐに食べ飽きた罐詰でなく、それ以前からあつた料理に応用出來る簡便な食べものだつたにちがひない。乱暴な想像が許されるとすれば(経緯の是非は別として)、琉球料理と沖縄料理の接着剤の役目を果したとも思はれる。

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 正直なところ、滅法うまいとは云ひにくい。併し泡盛や黒糖の焼酎を呑む時、ポークがあると嬉しくなるのも本心で、すりやあ思ひ込みでなければ刷り込みだよと云はれたら、確かにその通りである。ではあるけれど、たとへばポーク抜きのちやんぷるーを想像すると、どうも淋しくていけない。晝めしの献立にポーク玉子定食が見当らない事を想像すると、それは我慢ならんと云ひたくなる。オリオン・ビールの中壜を引つかけながらつまむポーク玉子ほど、平日の午后に似合ふつまみもさうは見つかるまい。それでポークを使つたサラドを食べた。オリオンではなく、黒糖焼酎のお湯割りにあはせた。憐れな米兵連中がポーク・アンド・ビーンズで何を飲んだか知らないが、珈琲でなければ薄い麦酒が精々だつたらう。米國から入りこんだ筈のそのポークを、普段の料理に取りこみ、昇華させた辺り、あの島のしたたかさを感じなくもない、と云ふと叱られるだらうか。