閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

892 年寄りと銀鱈

 調べてみたら、鱈と銀鱈は別の魚だつた。

 びつくりした。

 どちらも好物なのは共通してゐるけれども、世の中には知らないことがまだまだ沢山あるのだなあ。

 

 偶に足を運ぶ立呑屋があつて、お番菜に時折り、銀鱈の西京焼きや塩焼きを用意する。これが贔屓の分を差引きしてもうまい。若くて食慾旺盛な胃袋の持ち主なら、不満を抱くだらうが、こちらの胃袋はいい加減、草臥れてゐる。大根おろしが添へてあるのもこの際、都合がよい。

 

 身をほぐす。

 その一片に大根おろしを乗せる。

 摘む。

 呑む。

 

 間には中身のないお喋りも入つて、まことに滑か。呑んでゐるなあと感じられる…などと云つたら、どうにも年寄りめいてゐますなくらゐは云はれるだらうか。それが正しい指摘なのは確かな一方、それは駄目なのか知らと疑念も呈したくもなるのだが…いやまあ、落着きませう。

 銀鱈の淡泊は酒精の邪魔をしない。だからお酒は勿論、麦酒でも焼酎ハイでも似合ひの摘みになる。身の一片を樂みつつ呑めば、醉ひの廻りも緩かになり、おれは今お酒を味はつてゐるよと不思議な満足感にも浸れる。かういふのを喜ぶのは矢張り、年寄りのならひと云ふべきか。