閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

996 ふはふは、更に

 しつつこく西上の、主に経路に就て迷ひ續けてゐる。ふはふはした感覚を樂んでゐる、と云ひかへてもいい。

 

 最も時間が掛かるのは、新宿から小田急小田原線の急行に乗り、新松田で途中下車して、中沢酒造の[松みどり]を買つてから、小田原に行く。東横インへのチェックインの後、驛にちかい立呑屋で、二杯か三杯、引つかける。それで翌日、蒲鉾を贖ひ、小田原發のひかり號で新大阪を目指す経路。

 新松田を飛ばして小田原に行く経路なら、小田急ロマンスカーか、湘南新宿ライン経由東海道本線を使ふ。前者は着到が若干早く、且つ運賃が数百円高くなる。後者だと、昔の鐵道旅行の気分を、味はへさうである。小田原に着いてから後は、新松田経由と同じになる。

 一方、最も簡潔な経路は、東京を午后一時台に發車する、のぞみ號叉はひかり號に乗ること。[松みどり]と立呑屋と蒲鉾は諦めねばならないが、時間とお財布の負担は少くなる。それが望ましいかと云へば、西上のどこに重きを置くかで、変つてくる。だから、ふはふはしてゐる。

 もう少し云ふと、西上は東京から新大阪までの移動も樂みだからで、より速い着到に限れば、のぞみ號が唯一の撰択となるに決つてゐる。ゆゑに東下の際は、のぞみ號を使ふのだが、今からそちらの話は、しなくてもいいでせう。東下は仕事とほぼ結びついてゐるから、目を瞑つておきたい。

 

 實はもうひとつ、ふはふはがあつて、西上にあたつて、どこへ行かうか、といふのがそれ。心斎橋の浮世絵美術館で、葛飾北斎月岡芳年の展が催されてゐる。ふたりとも好きな画家だから、観に行きたい。

 京都の鉄道博物館にも足を運びたいなと思ふ。梅小路にあつた頃も含め、一度も行つてゐない。弁天町にあつた交通科学館、秋葉原にあつた交通博物館、大宮の鉄道博物館は行つた。後は名古屋に新幹線博物館がある筈で、道草を喰つてから京都に行けば、有名処は大体制覇出來ることになる。

 名古屋は措かう。西上してどこに行くとしても、最後には一ぱい呑まないと、一日が締まらない。ここが問題で、私は大坂の呑み屋をよく知らない。古い友人と盞をかはす夜は、お店がおほむね定つてゐるから、そこは例外として、一人で呑める場所が判らないのだ。

 判らない理由はややこしくない。大坂でさういふ経験を持つてゐない所為である。一人で呑む樂みを覚えたのは、東都に出てからで、それからは年に一度、半月足らずの西上に、あたつて、出來るだけ家で食事をすると決めてゐる。ふた親も私も、余命は少いからだが、しんみりは性に合はない。

 

 要するに、ふはふはな感覚を樂んでゐる。

 そろそろ、かつちりささねばならないが。

 西上の前夜は、東都気に入りのお店を何軒か(絞つて大久保に一軒、中野に二軒)、呑み納めに巡るのも惡くないかと思ひもするし、その悩ましさは叉、こころよくもある。