閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

961 葱の白

 廉な呑み屋の品書きに欠かせないもつ煮には、白葱を刻んだのが欠かせない。その場合、下品と思へるくらゐ、どつさり乗せるのがこつである。味のごてごてを、白葱が受けとめるからで、これを脂つ気と相性がよろしいと云つてもいい。

 過日その呑み屋で、鶏皮ぽん酢といふのを註文した。揚げた鶏の皮をぽん酢で和へ、胡麻油を少し垂らし、白胡麻を散らしたところに、刻んだ白葱を乗せた小鉢。

 ところで私が白葱に馴染んだのは、高々この卅数年に過ぎない。関西…近畿…大坂で、葱といへば青葱を指す。饂飩や豆腐、或は厚焼き玉子に青葱の組合せは、まちがひないでせう。さういふあしらひに馴れた舌からすると、白葱の香りの高さは、花やかな商賣の女性が纏ふ香水のやうで、好もしく感じるまでに時間が掛つたのだらう。

 今は勿論、どちらも喜ばしい。

 たとへば上に挙げたもつ煮で、青葱を使つたらきつと物足りない、とは容易な想像だもの。

 さうだ、註文した鶏皮ぽん酢は、熱くて脂つこい鶏皮に、冷たいぽん酢、白葱がうまいこと絡んであつた。香りも歯触りも快く、かういふのは、白葱喰ひの特典だと思はれる。