閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

990 薩摩揚げと序でと

 魚肉を叩いて練つて油で揚げたら、薩摩揚げが出來上る。揚げたてがいいのは勿論、冷めたのを焙りなほしてもよい。生姜醤油を忘れぬこと。長葱や大根と焚くのも宜しく、饂飩の種にしてもうまい。さう云へば九州で天麩羅饂飩を註文すると、薩摩揚げが乗せられると聞いたことがある。本当か知ら。本当だとしたら、衣をつけて揚げる天麩羅を乗せてほしい時、何と云へばいいのだらう。

 確かに関西(これはかなり広い…近畿から九州辺りまでを含んだ…範囲を指してゐる)では、練りもの揚げを天麩羅と呼ぶ風習があつた。有名な話だと、徳川"狸親爺"家康が食中りをしたと伝へられる、鯛の天麩羅は、衣揚げ式ではなく、練り揚げ式だつたといふ。当時の厨房を想像するに、中々贅沢で六つかしい料理だつたにちがひない。食中りをさせる料り方は浮ばないにしても。

 狸親爺の腹具合はさて措き、令和の我われにとつて、馴染み深いのは、呑み屋の品書きにある、薩摩揚げかと思ふ。斜めに削ぎ、お刺身のやうに並べ、生姜醤油と葱を添へて出してくる。練りたて揚げたては無理だらうから、温めるか焙るかしてあり、これはこれで惡くない。或は細く切つたのを、青菜とあはせてさつと焚き、生姜の香りを落した小鉢で出すこともあつて、これもまた好もしい。ぬるめのお燗…いやそれより、焼酎のお湯割りの、よい相棒である。

 序でに書いておくと、薄く削いだ薩摩揚げに、青葱を散らし、半日くらゐ味附けぽん酢…ぽん酢が口にあはなければ、醤油でも麺つゆでも、自慢の漬け汁でも、好きにし玉へ…に漬ければ(食べる時には、生姜を添へる)、家で呑む際、具合のいいお摘みになる。衣揚げではないから、潤びてどうかうと気にせずにも済む。

 

 更に序での話をすると、伊豫にはじやこ天といふ、薩摩揚げの親戚がある。じやこは雑魚。天が天麩羅の省略なのは、念を押すまでもないか。粗い擂り身の練り揚げで、ごりごりした歯触りが、實に快い。薩摩揚げの親戚だから、矢張り生姜醤油が似合ふ。併し薩摩揚げとは異なり、焼酎ではなく、お酒にあはすのがうまい。練り込む魚、油の種類、揚げ方。或はその纏まりの差異と思はれる。優劣を云ふのでないのは勿論で、土地の舌がちがふのだ。さうなつたら、薩摩揚げとじやこ天を半々に並べ、焼酎とお酒を並べ、呑みつくら、食べつくらを、試してみたいものではありませんか。