閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1003 ちよつとした話

 "すき煮風"と呼ばれる煮方がある。"鋤焼き風の煮もの"とか、そんな意味合ひか。ものすごく乱暴に云へば、鋤焼きの割下で味つけすれば、かう呼べるのだらう…と書けば

 「ははあ丸太は、"すき煮風"に批判的なのだな」

など云はれさうだが、實際は逆で、甘辛な味つけ好みの私には、寧ろ喜ばしい。

 

 陋屋から歩いてゆける呑み屋で供するつきだし。

 ホッピー(白)とも相性が宜しい。挽肉を使つてゐるのは、少々気になつたところだけれど、八釜しいことは云ふまい。それに肌寒い夕方、最初に熱くて旨い小鉢が出されるのは、嬉しいではありませんか。

 實はその前に同じ店で呑んだ折

 「ちよつと、試してください」

大将にさう云はれて、焼き豆腐を浮しただけのやつを出してもらつた。豆腐へはまだ、味が染みてゐなかつたけれど、この時点で、おつゆは中々の出來だつたから

 「〆でもらふのも、惡くないですねえ」

と云つた。わざわざ出してくれたのは、サーヴィス乃至お愛想の筈だつたのに(私が食通めいた口煩い男でないのは、大将もよく知つてゐる)、些か礼を欠く言だつたと反省した。反省しつつ、かういふのが出される程度には、覚えてもらつたのかとも思つた。尤もそれだけお金を遣つたのでもあるから、自慢になるのかどうかといふ、ちよつとした話。