閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

011 たぬきを讚す

 偶に無性に立ち喰ひ蕎麦を啜りたくなることがある。カレーや大蒜の匂ひが食慾を刺戟するのは今さら改めるまでもないが、立ち喰ひ蕎麦のつゆの匂ひだつて、不意に鼻を擽られると、我慢するのが六づかしい。生眞面目な蕎麦好きには叱られるかも知れないが、些末な指摘を気にする閑はない。何しろ鼻を擽られるてゐるんだから。
 
 暖簾を素早く潜つて、註文もまた素早くするわけだが、さうする以上、暖簾を潜る前に註文を決めておかねばならない。迷ひも躊躇ひも禁物で、そんなに迷ふものかなあと思つてはならない。
 
 かけにもり(但し多くの場合は感心しない)
 
 月見。
 
 若布。
 
 きつね。
 
 天麩羅(立ち喰ひだとかき揚げだらうか)
 
 またこれは立ち喰ひ蕎麦獨特だと思ふのだが、天玉といふ、かき揚げと卵を一緒に乗せたのもある。ちよつとしたお店だと、天麩羅が何種類か(春菊や牛蒡、紅生姜)あつたり、何故だかカレーライスやかつ丼の類まであつて、空腹の度合ひや混み具合に応じた撰択が求められる。ね、中々たいへんでせう。

 

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 さういふ困難な状況で、何を撰べば失敗る可能性を下げられるかと云ふと、たぬきではないかとわたしは思ふ。かき揚げや天麩羅だと、つゆで種が崩れたり、衣が剥げて、何とはなしに残念な気分になるのだが、たぬきだとその心配はない。それにつゆで潤びる嬉しさは残りもするのだから、嬉しいではありませんか。揚げ玉…大坂の人間としては天かすと呼びたいのだが、そこはまあ…をお店で揚げてゐれば最良。そこに葱をどつさり入れてもらはう。七味唐辛子もたつぷり振つて、一ぺんに啜り込む。

  それで蕎麦と葱と揚げ玉を噛みしめる。

 たぬきを註文した場合、手繰るなんて気取りは要らない。それに蕎麦通の云ふ"喉で味はふ"は不可能だし、仮に出來たとしても、はふり出すのが正しい。左手で丼を掴み、右手には割り箸。鼻の頭から汗が滲むのを感じながら、些か下品かと思へるくらゐの勢ひで、食べきる。綺麗に食べきつたら、慌てず素早く立上り、きつちり小銭で支払つたら速やかにお店を出る。鼻の頭を拭ふのはそれからでかまはない。と書いたら、何だか殺風景だなあと思はれかねないが、立ち喰ひに限らず、蕎麦は殺風景な食べものなのだし、それでたぬきは十分にうまい。