閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

140 平成最後の甲州路 第2回

 以下は手持ちのスマートフォン(auのシャープ製端末 SHV33)のメモ帳に入力した内容である。


◾️甲州路計劃メモ

勝沼メルシャン

 ・プレミアムツアー 14:00~15:30(土日祝)

 ※参考

 新宿07:30發あずさ3>大月08:47経由>勝沼ぶどう郷09:10着

 勝沼ぶどう郷15:44發かいじ116>新宿17:07着

 勝沼ぶどう郷16:28發かいじ118>新宿17:51着

 甲府09:17發>勝沼ぶどう郷09:41着

 甲府09:38發>勝沼ぶどう郷10:03着

 勝沼ぶどう郷16:09發>甲府16:41着

 勝沼ぶどう郷16:41發>甲府17:06着


②穂坂マルス(見學09:00から)

 ・新宿08:00發Sあずさ5>甲府09:32経由>韮崎09:46着

 https://www.hombo.co.jp/company/kura/mars-hosaka.html


③石和マルス(見學09:00から)

 ・新宿08:30發あずさ7>石和温泉10:10

 https://www.hombo.co.jp/company/kura/yamanashi.html

 ※近隣にモンデ酒造あり


④他

 ・白州サントリー

 ・登美の丘サントリー

 ・松本亀田屋酒藏

  https://www.kametaya.com/smp/


 何がなんだか判らないよと云はれても、自分が判ればいい形式でのメモで、どこに行かうか考へた時の残骸だと云ひ直してもいい。判らなくて恥にはならないから、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にはご安心召されたい。勝沼の箇所が妙に詳しいのは、詰りこの時点で勝沼メルシャンを大きく意識してゐた證である。何度か足を運び、何度も樂しませてもらつた。そのメルシャンが見學ツアーを変更したといふのだから、意識せざるを得ない。それにマルス本坊酒造の銘柄である…には惹かれるところがあつて、こちらの理由は単純である。マルスのヰスキィ(薩摩と信州で醸つてゐる)は何べんか飲んで旨いのを知つてゐる。それが甲斐路で葡萄酒の藏を持つてゐたから、気になつたのである。併しここまでのところは、わたしが勝手に意識し、また惹かれてゐるだけのことで、ニューナンブのコンセンサスは得てゐない。

 そこでうまい具合に酒席があつた。新宿歌舞伎町の近くにある[清瀧]といふ居酒屋で、顔を揃へたのは頴娃君とクロスロード君、それからわたし。8月31日のことである。18時を少し過ぎたくらゐに入ると、ふたりは既に飲み始めてゐる。頴娃君は明らかに仕事終り、クロスロード君はラフな恰好で、両君早いねえと云ひながら席についた。飲みものは生麦酒。[清瀧]で出すのはサッポロである。紅生姜の薩摩揚げ、鮪のお刺身(人数分)、鯵のお刺身、鶏の唐揚げなんぞをつまみながら、さて何の話だつたか。大半は記憶から抜け落ちてゐる。忘れて困る話題でなかつたのは確かで、空虚だなあと呆れるひとには、愉快な空虚だつたよと云ひ返しておかう。それに忘れては困る話も出て

「それで秋はどうしませう」

「小澤酒造の藏開きがね」

「今年は10月20日ですな」

「おや。例年より多少、早まつてゐませんか」

「サイトで發表してゐましたよ」

仕方ないなあと、いや何の仕方がないのかあるのかは知らないが、これで藏開きに行くのが確定した雰囲気になつたのはまちがひない。あすこの搾りたて、ことに濁つたやつは醗酵が續く中の甘みと酸みが荒つぽくてうまい。不安定と云へばその通りだし、肴も中々撰びにくい面はあるのだが、ヌーヴォの不完全、未完成より愉しめるのもまた事實である。さういふ愉しみが迷惑でないのは当然だから同意を示して羽村のホテルを取つた。

 さうすることで甲斐國討入りの日程がほぼ自動的に決つて

「11月23日から25日にかけてかね」

「さうなりませうな」

「問題はないと思ふです」

なのでさうなつた。また油断のならない頴娃君は腹案を持つてゐて

「23日は小淵沢まで足を伸ばして、サントリーの白州蒸溜所に行きませう」

「ほほう」

「その後、小淵沢から長坂を目指したら、[七賢]の藏(山梨銘醸)があるので、今回はあはせてそちらに行つてみるのは、どうですか」

考へたねえ。感心するわたしの横で、クロスロード君はにやりとしてゐる。かれは仕事柄、各地への出張があるから、酒藏や醸造所、蒸溜所に詳しい。色々とかこつけ、こつそり飲み較べをしてゐさうな疑惑がある。いや疑惑ではなく、何度か出張先で買ひ込んだとおぼしきカップ酒の画像を見せびらかされた記憶があるから、疑惑はますます深まつた…深まり續けてゐるかれである、[七賢]の藏は既に経験の裡かも知れない。[清瀧](居酒屋の名前であり、その居酒屋を営む藏の名前であり、その藏が醸る銘柄でもある)を含みながら、さう考へたわけではなく、もつと単純に白州蒸溜所の近くにそんな場所があつたのかと面白がつてゐた。

 面白がつてゐたら土曜日、詰り次の日になつてゐて、徹宵飲み續けたからではなく、曖昧に帰宅した結果である。細切れの記憶と財布の中身で、貸し借りはないと確認した。背中が何となく、ぞはりとした。経験的に云つて、これは体調が本格的に狂ふ直前の警告だと判つた。だから何もしないまま、翌日まで眠つたのは我ながら正しい判断であつた。日曜日の朝になると警告は収まつてゐて、メルシャンの予約を済ませた。

http://chateaumercian.com/winery/#winery-cont1

申込んだのは(勿論)3,000円のプレミアムコース。試飲が6種類あつて、市場に出廻りにくいヴィンヤードのを揃へてゐるのがいい。ただおそらくは食べものとの組合せは目を瞑つてゐると思はれて、昨年足を運んだマルキの、“マリアージュ”と銘打つたツアーには及ばない部分があるかも知れない。試飲を4銘柄に絞る代り、ピックルスやチーズを出してもらへないだらうか…と云ふと、疑義が呈される可能性もあるのだが、葡萄酒が食べものとあはせて旨いのは、どうにも譲れないところである。こつそり、乾きものでも仕込んでおかうか知ら。

「もしもし、それは困りますよ」

と物腰やはらかく叱られたら

「そら憚りさン」

図々しく誤魔化せるかどうか、うーむ、自信が持てない。大体勝手に持ち込むとして、何がいいのだらう。チーズだと変になりさうだし、ジャーキーはヰスキィ向けだし、となると、ナッツかドライフルーツの類だらうか。或はクラッカーや焼き海苔も惡くなささうで、これ計りは想像するだけではどうにもならない。こんな時に便利なのは近所のマーケットで、ワンコインの安葡萄酒が賣られてゐるから、赤白それぞれで試してみる必要がありさうだ。