閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

906 令和最初の甲州路-修正と課題

 前回の打合せは充實したものだつた。が、ひとつ、ちよつとした見落しがあつた。頴娃君から

 「往路に乗る積りのかいじ號は、平日の運行だと、勝沼に停車しない」

と報せがあつたんである。仕舞つた。確かに元々は土曜日からの二泊予定で、それを金曜日からに変更したのだが、かいじ號の停車驛に就ては、見逃してゐた。尤も頴娃君は抜かりない男でもある。目論見通り、かいじ號に乗る場合

 「大月で降り、半時間ほど待ち、各驛停車に乗り継いで、勝沼に行く」

 「一度甲府まで出て、荷物をロッカーに預けてから、勝沼へ折り返す」

方法があるとも云つてきて、後者を推奨してきた。ニューナンブにとつての中央本線特別急行列車は、朝から開いてゐる居酒屋でもある。後者を推すのは当然であらう。

 併しかいじ號を使ふと、肝腎の勝沼着到が遅くなる。午后のまるき見學には、支障はないとしても、前半が詰る。どうせ我われは、特別急行列車で(かろく、だと思ふ)醉ふのだ、慌ただしさは避けたい気がする。そこで甲府から勝沼への折り返しは賛成しつつ、打合せの際に出た

 「新宿を半時間早く出發するあずさ號への乗車も」

考へられますと提案してみた。ただ頴娃君の住ひは新宿から遠い。半時間のちがひは相応の負担になるだらうから、かいじ號のまゝでもかまふまい。さう思つてゐたら

 「機會は最大限に活かすべきである。ゆゑに、あずさ號を撰ぶべし」

躊躇なく応じてくれたので、修正は速やかに完了し、"居酒屋 あずさ號"が確定した。頴娃君は漢である。

 

 これで、初日金曜日の朝までの動きがある程度、絞られてくる。必要な準備を前日までに整へるのは当然として、最初の課題は朝めしをどうするか。

 「どうせ"居酒屋 あずさ號"が開店するんだから」

と考へては、淺慮の謗りを免れない。私は朝食の習慣を持たない。そのまま家を出てあずさ號に乗ると、相応に空腹を感じるだらう。そこに麦酒をどんと入れて、感心出來る結果にならないのは明かである。醉ふのは好きだが、惡醉ひは避けねばならない。なので出る前か、あずさ號に乗つた後、居酒屋の開店前に、サンドウィッチでも摘むことにする。最初の課題だから、簡単に解決した。

 續く課題は走る"居酒屋 あずさ號"で何を食べ、また呑むかといふことで、分けて考へるわけにはゆかないから、難問と云つていい。お弁当に関して云ふと、一点豪華より、幕の内弁当の賑々しさが好もしい。前半はごはんで食事代りに、後半はおかずを摘みに呑めるのが有難い。それにおかずが色とりどりなら、何を呑んでもおほむね、不満は感じない。私はさう思ふのに、新宿驛の賣店に並んでゐるお弁当群は、残念ながら一点豪華に重きを置いてゐるらしい。何々牛とか謳へば、訴求力があるものね。併しそれだと、折角のお弁当が最初から最後まで、同じ味なのが気に入らない。

 「えらさうに云ふけれど、どうせ直ぐ、醉ふんでせう」

と指摘されたら、まつたくそのとほりなんだが、だからと云つて安易に、一点豪華へと目を向けては敗け(我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、何と戰つてゐるのかと問ふ勿れ)である。この課題は前述のサンドウィッチや、その時のお腹の具合にも左右されるので、要検討の印を附け、ここでは保留扱ひにしておかう。

 更にニューナンブで云ふ"漢の一本"も課題である。宿泊先で呑む"主役の酒精"くらゐの意。多くの、或は殆どの場合、お酒…日本酒がその坐を占めるのだが、お酒でなくてはならぬ決め事は無い。それに五年振りの甲斐國葡萄酒巡りでもある。葡萄酒を"漢の一本"に撰ぶのも惡くない。訪ねるのは順に、まるき、サントリー登美の丘、サドヤの三箇所。いづれも佳い葡萄酒を醸るのは知つてゐるから、迷ふ値うちはたつぷりある。試飲して、販賣所を見てから決めればよい。半壜があれば具合がいいけれど、流石に六つかしからうね。

 

 序でだから、カメラにも触れておく。甲州行の初期は、フヰルム・カメラを使つてゐた。卅六枚撮りを一本撮つて、一時間プリント(わかい讀者諸嬢諸氏よ、曾てはさういふことが出來たのだ)に出したのを、肴にするならはしだつたが、フヰルムが事實上終焉した令和の今では、無理な游びになつてしまつた。私も十年以上、フヰルムでは撮つてをらず、装填の手順も忘れたかも知れない。従つてこれは古老の思ひ出話、繰り言であつて、仮に一時間プリントの店が、甲府で営業を再開します、と看板を出してあつても、ぢやあ今回はフヰルムを使はうか、とは思はない。

 GRⅢを持ち出すのは決つてゐる。これまで主に使つてきたカメラ(こつちはデジタル)が、悉く十年撰手だつた所為もあつて、動作がいちいち素早く感じられ(現代のデジタル・カメラつて、こんなに軽やかに動くのか)、撮れる画も申し分ない。但しその性能に振り回される感覚はある。GRⅢに撮つてもらつてゐると云へばいいか。

 「すりやあね、丸太の精進が、足りてをらんのだ」

さう咜られたら、さうだよねえとも思ひはする。素直なたちなのだ。併し手に入れてから三ヶ月にも満たない間、職業的に撮つてもゐないGRⅢで、どう精進をすればよいものか。かういふのは使ひ込んで、我がものにするのだから、今から何をしたつて、甲州行には間に合はない。云ひ訳を附ければ、いちいち手を掛けなくても、GRⅢなら間違ひないのは明かである。それにあずさ號を降りた時点で、醉つてゐるのも間違ひなく、だつたら理窟は横に置いて、GRⅢに任すのが賢明な判断と云へる。予備の電池、充電器にケイブルを持ち出すのは些か面倒だけれど、それはまあ、止む事を得まい。