454 cheeseburgers - 閑文字手帖

　外題はたれだつたか失念したが、海外の小説家が書いたエセー集から盗用…訂正、拝借してゐる。それでまづWikipediaにチーズ・バーガーの項があつたから笑つた。何が可笑しかつたのか、自分でもよく解らない。その該当項から一部を引用すると(改行の修正を施した)

　ハンバーガーにチーズを加えることは、1920年代中盤から1930年代中盤にかけて流行したが、誰が最初にチーズバーガーを発明したかについては論争がある。

　カリフォルニア州パサデナで父親が経営するサンドイッチ店で働いていた、当時16歳のLionel Sternbergerが、試しに一切れのアメリカンチーズを熱々のハンバーグに乗せてみたのが始まりだとも言われている。

　また、ケンタッキー州ルイビルのKaelin's Restaurantが1934年に発明したという主張もある。その1年後には、コロラド州デンバーにあるHumpty Dumpty Drive-InのLouis Ballastが"cheeseburger"の商標を取得した。

とある。Lionel少年…ライオネルと訓めばいいのだらうか…の試行がいつ頃なのか、曖昧なのが気に入らないし、"千九百廿年代中盤から千九百卅年代中盤にかけて流行した"とあるのだから、發明も何もあつたものではないとも思へる。参考までに云ふと、流行の時期は我が國の大正末期から昭和初期くらゐに相当する。

　ライオネル君には併し申し訳ないが、チーズを"熱々のハンバーグに乗せてみた"程度では、チーズ・バーガーの發明乃至流行の起点と看做すのは無理がある。サンドウィッチ店で働いてゐたのは見逃せないとして、"乗せてみた"のは

　｢ライオネル。何か新しいサンドウィッチを作れないか｣

　｢任せてよ、パパ。最高のやつを考へるから｣

さういふ親子の会話があつたからか、単に

　｢ハンバーグにチーズつて、美味しいんだよ｣

と勝手に商品を弄つたのか、どうもはつきりしない。文面を信用すればカリフォルニアのティーン・エイジャーは、ただのハンバーグ好きで、"Sternberger"と姓に"berger"が入つてゐたから、チーズ・バーガーの"發明者"と呼ばれて仕舞つたのではないかと思てへきて、だとすればこれは歴史の不幸と呼びたくなる。

　ここで疑問をひとつ。

　現代の我われに云はせると、ハンバーグとチーズの組合せは旨いに決つてゐて、それを麺麭に挟むがまづくなる道理はあるまい。肉と麺麭とチーズが主食の欧人米人が廿世紀に入るまで、それを試さなかつただらうか。

　まあその疑問は兎も角、チーズ・バーガーはうまい。ここ五年かそれ以上、ハンバーガー屋には行つてゐないが、ハンバーガー屋で註文するのはチーズ・バーガーと決めてゐる。どこで註文してもまづい心配がない。尤もそのチーズ・バーガーをいつ食べればいいのか。食事としては貧相だし、おやつにしては量がある。何かの小説で仕事をさぼつた主人公がチーズ・バーガーをふたつ、やつつけながら愛車の手入れをする場面を讀んで、成る程ああいふのに似合ふのかと感心したのを思ひ出した。かう云ふと我がアメリカンな讀者諸嬢諸氏からは

　｢しよぼくれたバーガー・ショップのを食べるから駄目なんだ。本格のチーズ・バーガーでなくちやあ｣

とお叱りを受けるかも知れないが、ぢやあ本格のチーズ・バーガーつて何だらうと疑念が浮ぶ。ナイフとホークで(お上品に)食べるものではないし、"撰び抜いたビーフ"と"飛び切りのチーズ"を"焼きたての麺麭で丹念に作り上げ"て、うやうやしくお皿に乗せられたのが本格のチーズ・バーガーなのかどうか。本邦で云へば"挽きたての蕎麦粉"で打ち"鰹節をたつぷり使つたつゆ"に"上等の油を贅沢に用ゐた揚げ玉"を惜しみなく散らしたから、本格のたぬき蕎麦になるかと云ふと、何となくちがふ気がするのと同じである。雑駁でうまい食べものといふのが世の中にはあつて、たぬき蕎麦とチーズ・バーガーはその括りに入る。

　云つておくがチーズ・バーガーを莫迦にしてゐるのではありませんよ。愛車の整備の合間、探偵小説を讀みながら、さういふ時間に一ばん似合ふのがチーズ・バーガーで、それは魯山人風の気取りから遠く離れ、ラヂオから流れる古いポップスにとても近い。正直なところ、亞米利加といふ國を大して好まない…デモクラシーへの無邪気な信仰と、それを他國まで輸出したがる底抜けの親切心…わたしではあるが、チーズ・バーガーと珈琲はあの國の午前に相応しい。ライオネル少年が"熱々ハンバーグのチーズ乗せ"を食べたのは、確かにかれの人生の午前十時頃だつた。

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