本当かどうか、外ツ國から來た紳士淑女は、日本の惣菜麺麭を見ると、驚くらしい。好意的な驚きだと信じたいが
「こいつら、一体何を考へてゐるんだらう」
と疑念を抱いてゐる可能性もある。コッペパンにスパゲッティ(それも炒めてケチャップで和へた)のを挟んだ挙げ句
「ほら。ナポリタン・パンだよ」
と出されるのと、アボガドの薄切りをごはんの塊に乗せ
「さあ。ジャパニーズ・スシをどうぞ」
と勧められるのと、どちらの衝撃が強いだらう。
とは云ふものの、ナポリタン・パンもコロッケ・パンもハムカツ・パンも旨い。ポテト・サラドを乗せたり、生地にベーコンを混ぜ込んだのもいい。焼そばパンはちよつとどうかと思ふが、それでも決して不味いものではない。
かういふ麺麭は外ツ國の紳士淑女には珍しいのか知ら。スパゲッティもクロケットもカットレットもポテト・サラドもベーコンも、出身はあちらの方面なのに。サンドウィッチから半歩の距離でもあるのに。
それで惣菜麺麭の中で一ばん、外ツ國人の首を傾げさせるのは、カレーパンではないかと思つた(餡パンも判りにくさうだが、あちらは菓子麺麭と呼びたい)第一、何をもつてカレーパンと称すればいいのか。
さう思つたら、いや、世界は広い。
[日本カレーパン協会]といふ権威のありさうなウェブ・サイトが見つかつた。
http://www.currypan.jp/
そこに"カレーパンとは"と題された項があるので、全文を引用すると
『カレーがパンに包まれており、焼くもしくは、揚げたもの。
カレーパンとはカレーを具とする惣菜パンの一種である。
主に衣を付けて揚げもしくは焼いて提供される。
内部に入ったカレーはキーマカレーのようなものや、ビーフカレー、ゆで卵入りなど、それぞれに特色がある。
なおカレーパンの内部には決して憎しみは入れてはいけません。
人気のある惣菜パンであり、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで大手メーカーの製品が販売される他、市中のパン屋の名物商品となっている場合も多い』
と書いてある。余り上手な文章ではないね。仕方がないから無愛想に纏め直すと
・麺麭(生地)でカレーをくるみ
・くるんだ麺麭を揚げ乃至焼いて
出來上つたのがカレーパンで、中のカレーには色々な種類があり、更に具を追加することもある。
うーむ、曖昧だなあ。
併し欧州由來の麺と印度發英國経由のカレーを、日本式の揚げものの手法(但し源流は葡萄牙)で纏めたのがカレーパンなのだから、曖昧模糊は当然だし、寧ろその曖昧こそ、カレーパンの特色なのかも知れない。
ではいつ頃、カレーパンは完成したのか。上記協会の"カレーパンの起源"を参考にすると、主に三つの説がある。
・大正五年:新宿中村屋
インド獨立運動家ラス・ビハリ・ボースが伝へた純インド・カレーにヒントを得た相馬愛藏の發案。
・昭和二年:名花堂(現 カトレア)
二代目中田豊治が實用新案登録した洋食麺麭。
※但しこれは、具の入つた麺麭をカツレツのやうに揚げるのが主旨で、カレーといふ言葉は用ゐられてゐなかつた。
・昭和九年:デンマークブロート
創業者がカレー・サンドを發賣し、後に揚げる技法を思ひ附いてゐる。
ほぼ十五年の幅があるが、協会では
『このあたりは洋食が普及しつつあり、あらゆる業者が同時並行的に、日本的洋食メニューを工夫していた時代背景があったからのようです』
かろく触れるに留めてゐる。賢明な判断でせうな。下手に云ひ切ると、どこから苦情が出るか、判つたものではない。
さて。三つの發祥伝説の中で、中村屋を除く二軒が"揚げてゐる"ことに我われは注目したい。協会は"焼くもしくは、揚げたもの"と考へてゐるが、歴史的(?)に云へばカレーパンは揚げるのが正統的(!)な作り方なのだなと推測出來る。また揚げる手法に到つたのは、カレー・サンドだと、折角のカレーが麺麭の生地に染み込んだからだと思へる。バタを塗つたトーストを使へば、カレー・サンドでも平気な気もされるが、それだと揚げるより高くついたのか。
實のところ、カレーパンはさうさう口にしない。
きらひなのではありませんよ。カレー(味)は懐が深く、饂飩やラーメンやスパゲッティ、煎餅やあられにも適ふ。もしかすると小麦との相性がいいのだらうか。だから麺麭とあはせて旨いのも当然である。
では口にする機会が少いのは何故か。
第一に、揚げパンといふのが、口に適はない。これは胃袋の事情といふより、馴れ乃至好みの問題。
第二には、いつ食べればいいのか、よく判らない。
第三を續けると、あはせて何を飲むかも判らない。
寒い季節の朝に食べることがある。食パンにカレーを塗つてからトーストし、キヤベツの千切りなぞを乗せたやつ。カレーパンの正統遵守派からは
「それはカレー・トーストである」
間違ひなく異端扱ひされる筈だが、商賣にはしてゐないから容赦を願ふ。
この時には珈琲を飲む。何となく収まりが惡く感じるが、常識を弁へてゐるわたしは、朝から呑まない。仮に朝から呑むとして、そもそもカレーパンに似合ふ酒精は何なのか。それに朝を逃すと、どこで食べるのか。
晝めしで主役は張れないし、晩ごはんで食べたいとは思へない。遡つて朝からカレーパンを食べたいと思ふのも稀で、おやつだとカレーの香りが食慾を無闇に刺戟するのが困る。詰り第二第三の理由はそのまま疑念に転じて仕舞ふ。
だつたら食べない方法もあるよ、と云ふのは淺薄な見方であつて、わたしはここまで、カレーパンをまづいとも食べたくないとも云つてゐない。ただ自分の舌の上腹の中のどこに置けばいいか、決めかねてゐるだけなんである。カレーパン協会には今後、カレーパンの周辺にも気を配つた提案をここで期待したいが、他人任せな態度と叱られるだらうか。
「こいつら、一体何を考へてゐるんだらう」
と疑念を抱いてゐる可能性もある。コッペパンにスパゲッティ(それも炒めてケチャップで和へた)のを挟んだ挙げ句
「ほら。ナポリタン・パンだよ」
と出されるのと、アボガドの薄切りをごはんの塊に乗せ
「さあ。ジャパニーズ・スシをどうぞ」
と勧められるのと、どちらの衝撃が強いだらう。
とは云ふものの、ナポリタン・パンもコロッケ・パンもハムカツ・パンも旨い。ポテト・サラドを乗せたり、生地にベーコンを混ぜ込んだのもいい。焼そばパンはちよつとどうかと思ふが、それでも決して不味いものではない。
かういふ麺麭は外ツ國の紳士淑女には珍しいのか知ら。スパゲッティもクロケットもカットレットもポテト・サラドもベーコンも、出身はあちらの方面なのに。サンドウィッチから半歩の距離でもあるのに。
それで惣菜麺麭の中で一ばん、外ツ國人の首を傾げさせるのは、カレーパンではないかと思つた(餡パンも判りにくさうだが、あちらは菓子麺麭と呼びたい)第一、何をもつてカレーパンと称すればいいのか。
さう思つたら、いや、世界は広い。
[日本カレーパン協会]といふ権威のありさうなウェブ・サイトが見つかつた。
http://www.currypan.jp/
そこに"カレーパンとは"と題された項があるので、全文を引用すると
『カレーがパンに包まれており、焼くもしくは、揚げたもの。
カレーパンとはカレーを具とする惣菜パンの一種である。
主に衣を付けて揚げもしくは焼いて提供される。
内部に入ったカレーはキーマカレーのようなものや、ビーフカレー、ゆで卵入りなど、それぞれに特色がある。
なおカレーパンの内部には決して憎しみは入れてはいけません。
人気のある惣菜パンであり、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで大手メーカーの製品が販売される他、市中のパン屋の名物商品となっている場合も多い』
と書いてある。余り上手な文章ではないね。仕方がないから無愛想に纏め直すと
・麺麭(生地)でカレーをくるみ
・くるんだ麺麭を揚げ乃至焼いて
出來上つたのがカレーパンで、中のカレーには色々な種類があり、更に具を追加することもある。
うーむ、曖昧だなあ。
併し欧州由來の麺と印度發英國経由のカレーを、日本式の揚げものの手法(但し源流は葡萄牙)で纏めたのがカレーパンなのだから、曖昧模糊は当然だし、寧ろその曖昧こそ、カレーパンの特色なのかも知れない。
ではいつ頃、カレーパンは完成したのか。上記協会の"カレーパンの起源"を参考にすると、主に三つの説がある。
・大正五年:新宿中村屋
インド獨立運動家ラス・ビハリ・ボースが伝へた純インド・カレーにヒントを得た相馬愛藏の發案。
・昭和二年:名花堂(現 カトレア)
二代目中田豊治が實用新案登録した洋食麺麭。
※但しこれは、具の入つた麺麭をカツレツのやうに揚げるのが主旨で、カレーといふ言葉は用ゐられてゐなかつた。
・昭和九年:デンマークブロート
創業者がカレー・サンドを發賣し、後に揚げる技法を思ひ附いてゐる。
ほぼ十五年の幅があるが、協会では
『このあたりは洋食が普及しつつあり、あらゆる業者が同時並行的に、日本的洋食メニューを工夫していた時代背景があったからのようです』
かろく触れるに留めてゐる。賢明な判断でせうな。下手に云ひ切ると、どこから苦情が出るか、判つたものではない。
さて。三つの發祥伝説の中で、中村屋を除く二軒が"揚げてゐる"ことに我われは注目したい。協会は"焼くもしくは、揚げたもの"と考へてゐるが、歴史的(?)に云へばカレーパンは揚げるのが正統的(!)な作り方なのだなと推測出來る。また揚げる手法に到つたのは、カレー・サンドだと、折角のカレーが麺麭の生地に染み込んだからだと思へる。バタを塗つたトーストを使へば、カレー・サンドでも平気な気もされるが、それだと揚げるより高くついたのか。
實のところ、カレーパンはさうさう口にしない。
きらひなのではありませんよ。カレー(味)は懐が深く、饂飩やラーメンやスパゲッティ、煎餅やあられにも適ふ。もしかすると小麦との相性がいいのだらうか。だから麺麭とあはせて旨いのも当然である。
では口にする機会が少いのは何故か。
第一に、揚げパンといふのが、口に適はない。これは胃袋の事情といふより、馴れ乃至好みの問題。
第二には、いつ食べればいいのか、よく判らない。
第三を續けると、あはせて何を飲むかも判らない。
寒い季節の朝に食べることがある。食パンにカレーを塗つてからトーストし、キヤベツの千切りなぞを乗せたやつ。カレーパンの正統遵守派からは
「それはカレー・トーストである」
間違ひなく異端扱ひされる筈だが、商賣にはしてゐないから容赦を願ふ。
この時には珈琲を飲む。何となく収まりが惡く感じるが、常識を弁へてゐるわたしは、朝から呑まない。仮に朝から呑むとして、そもそもカレーパンに似合ふ酒精は何なのか。それに朝を逃すと、どこで食べるのか。
晝めしで主役は張れないし、晩ごはんで食べたいとは思へない。遡つて朝からカレーパンを食べたいと思ふのも稀で、おやつだとカレーの香りが食慾を無闇に刺戟するのが困る。詰り第二第三の理由はそのまま疑念に転じて仕舞ふ。
だつたら食べない方法もあるよ、と云ふのは淺薄な見方であつて、わたしはここまで、カレーパンをまづいとも食べたくないとも云つてゐない。ただ自分の舌の上腹の中のどこに置けばいいか、決めかねてゐるだけなんである。カレーパン協会には今後、カレーパンの周辺にも気を配つた提案をここで期待したいが、他人任せな態度と叱られるだらうか。