閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

447 たかがと云ふなかれ

 東都人がミンチカツをメンチカツと呼ぶのには未だ馴れないくせに、茹で玉子だとうで玉子…厳密には聲に出すなら"ゆで"で、文字の時は"うで"…と云ひたくなる。何故と訊かれても、好みに属する部分なので、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にはご容赦願ひます。

 一体わたしはうで玉子を悦ぶたちである。それも堅茹でがいい。生卵や半熟卵がきらひなわけではなく、はつきり順位をつけられるわけでもないが、堅うで玉子ならいつでも歓迎したい。朝の麺麭に添へてよく、晝の饂飩に乗せてもよく、晩酌の豚の角煮にうで玉子が無いなぞ、想像が及ばない。

 そのままを塩かマヨネィーズで食べる。

 ホークで崩してツナ罐と混ぜあはせる。

 醤油と煮切り酒や味噌に漬け込む。

 さういふ簡素な食べ方で美味しいのは勿論だが、輪切りにしてトマトやチーズやハムとサンドウィッチにしたり、鰯の罐詰やベーコン、レタース、胡瓜と賑やかなサラドに仕立てるのもうまい。

 いつだつたか、あるお店でトーストに崩したマヨネィーズ和へうで玉子のサンドウィッチに刻んだたくわん(こちらは内田百閒の眞似)の小皿を出してきて、一緒に食べると旨かつたから感心した。思ひ出し序でに、別のお店では"ばくだん"といふ名前で串揚げにしてゐた。鶉卵より重々しくて豪勢で、ウスター・ソースをどつぷりかけて喰つた。手を拍つほど旨いとは思はなかつたけれど、百円とか百五十円くらゐの値段だつたから、十分に及第点を出していい。

 尤もわたしが一ばん好むのはおでんのうで玉子である。厚揚げや大根、結び蒟蒻、牛すぢでお酒…麦酒でも焼酎でも葡萄酒でも一向かまはない…をやつつけた後に入れる。白身をつまみながら、黄身をつゆに溶いて、ごはんをほんの少し。匙でかき混ぜながら食べると、所謂卵かけごはんより旨くつて、まつたく堪へられない。見た目は綺麗と云へないし(だから画像は載せられない)、お行儀が惡いのは難点だが、見た目やお行儀とうまいのを較べれば、うまいのを撰ぶのが正しい人情の筈で、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、家で試してみ玉へ。この手帖にも偶には眞實があるのだと納得してもらへるにちがひない。

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 ここまで書けばたかがうで玉子。と決めつけるのは、誤りなのだなと解るでせう。わたしも書きながら解つた。文字にするのは大切なのである。