閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1083 高倍率のズームを持つて

 旅行…と云つても私の場合、一泊か二泊くらゐだが、さういふ時に使へるズームレンズに就て考へたい。

 尊敬する吉田健一は、自分の目で見ればいい風景なのに、わざわざ冩眞に納めたがるのは何故なのかと…ああ、これは丸太式意訳だから念を押す。

 書いてあるところは判る。間違ひではないとも思ふ。併し記憶といふより、記録をしておかうとするなら、冩眞にするのは惡くない方法だとも思ふ。

 

 "この一本で、何でも撮れます"式のズームは、タムロンの28-200ミリをもつて嚆矢とする。28-70乃至80ミリがやうやく、"標準ズーム"の座を得つつあつた頃、いきなり出てきたから、驚いたのを覚えてゐる。

 買ひましたよ。それをキヤノンのEOS(銀塩機だつたのは勿論である)に附け、当時お附きあひしてゐた女の子との旅行に持つていつた。たいへん便利だつたが、焦点距離の全域で、二メートルくらゐまでしか寄れなかつたのはこまつた。

 タムロンの名誉の為に云ふと、前例のない七倍余の高倍率ズームを造るにあたつて、常用に支障の出ない(だらう)大きさと重さを實現さすのに、目を瞑つた箇所が幾つかあり、最短撮影距離はきつと、そのひとつだつたらう。私が贖つたのは最初のモデルだつたが、二代目からはその欠点、いや弱点は徐々に改良されていつたもの。

 併しこの手の高倍率ズームが實際、"何でも撮れる"かと云へば、頭に括弧書きで"それなりに"、との條件を加へる必要はある。要するに荷物を極力減らし、一本のレンズでまかなひたい、といふ場合に有用で、話が冒頭に戻つてきた。

 一本に任すなら矢張り、上に挙げた高倍率ズームが候補になる。28-200ミリくらゐの焦点距離は、広角端望遠端のどちらも、無理少く使へる。望遠側で気になる手振れも、近年のモデルなら、強力な補正機能があるから、ラフに振り回してもかまはない。ズームレンズにつきまとふ開放値の暗さだつて、今どきのカメラは、銀塩では考へ難い超高感度に対応するわけで、心配は御無用といつていい。

 

 残る難点は、嵩張ることと重さではあるが、"取敢ずは一本でまかなへる"特殊なレンズを、附けつ放しにすると思へば、どちらも許容範囲に入れてよからう。一台のカメラにかういふ一本をぶら下げ、細かいことはカメラに任せ、なーんにも考へず、名勝景勝、寺社佛閣は勿論、うまさうな名物料理に地酒のラベル、妙ちきりんな看板やマンホールの蓋からホテルでのささやかな酒宴まで、(半ば)機械的に撮つたら、映像とは異なる聯續した記録が出來るのではなからうか。