閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

066 鯵フライ問題(仮)

 近所のマーケットで時々、特賣と銘打つて鯵フライが2枚98円(消費税別)で並べられる。普段は矢張り消費税別で128円だから、かういふ機会を逃す手はない。それで買ふ。キヤベツなぞと一緒にお皿に乗せ、さてそこで悩ましくなるのが何を掛けるのが望ましいかいといふこと。これをこの稿では仮に、“鯵フライ問題”と呼びたい。

 …いや我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、呆れないでもらひたい。わたしは眞面目なのだ。

 ウスター・ソース。

 タルタル・ソース。

 醤油。

 マヨネィーズ。

 (味つけ)ぽん酢。

 塩。

 檸檬

 順不同で挙げるとこんなところか。勿論これらの組合せもあり得るし、ちよつとした追加(たとへば刻んだ葱)まで含めて考へると、實際の候補は倍くらゐになるだらう。…と書いたら、我が鯵フライを愛する讀者諸嬢諸氏から

「何を云つてゐるんだらうね、このひとは」

「鯵フライはそのままかぢりつくのが、王道なんである」

厳しく指摘される可能性がある。またそのご指摘はかなり正しくもある。併しそれをそのまま認めると、そもそも“鯵フライ問題”が成り立たない。従つてこの稿も成り立たなくなる。具合が惡い。そこで揚げたての鯵フライにソースは要らない。但し冷めて仕舞つた、またはマーケットで買つた鯵フライには何かしらの追加が求められる筈ですよねと、下手に出て、話を續けませう。

 先に念を押すと、我われはここで、結論をひとつに絞り込んではならない。どんな時間帯に、何と一緒に食べるかで、組合せは変化する筈だし、また変化しなければをかしい。

 先づ最初…当り前に浮ぶのは、ごはんのお供だらう。この場合は矢張り醤油が最良と思ふ。出汁醤油を含めてもいい。香りが薄つすら立つ程度。味つけぽん酢も同様ですね。ところが同じごはんでも、丼に乗せるなら話は別で、こちらは断然ウスター・ソースで、たつぷり掛けるのが望ましい。

 パンにあはせるならタルタル・ソース。そのままだと頼りなく思へるなら、ほんの少しのマスタードか、チリー・ソースを忍ばせるのがいい。尤も鯵フライがパンに似合ふかどうか、議論の余地は残されてゐると思はれる。

 酒精のあてにする時は悩ましいね。鯵フライにあふとすれば、麦酒や焼酎ハイがおそらくは筆頭格。マヨネィーズにチリー・ソースかウスター・ソースにマスタードで些か下品にくどくして、それを炭酸ですつきりさせるのがよささうに思ふ。お酒だと丸きり反対に、檸檬塩や大根おろしを使ひたい。

 さうなると葡萄酒では、ヰスキィでは、紹興酒では、どうなるだらうといふ疑問が浮ぶわけで、すりやあ試さなくては判らない。併し試すとなると大量の鯵フライが必要になる。幾ら特賣98円の日でも、それだけの数を揃へるとすると、結構な出費になる。“鯵フライ問題”の道は遠い。