この手帖を公にしたのは平成二十九年の十月朔日で、そこから数へて三百六十五回に達した。詰りその日から毎日書いてゐたとすれば一年分の分量であると。それが令和元年になつたのはそれだけ書く頻度が鈍かつた…単純な計算で概ね二日に一ぺん…といふことになるのだが、これを本当に鈍かつたと云つていいものかどうか。わたしは職業的に書いてゐるわけでなく、どこかで取材なり何なりをするわけでもないから、話の種は限られる。實際、焼き鳥やもつ煮やとんかつは何度も話題にして、何が何回登場したか確めてはゐないが、グラフにでもしたら、傾向が浮彫りになるだらうと思ふ。それで均すとおほむね二日に一ぺん、書いて…書けてゐるのなら、鈍いと自分で云ふのは兎も角、たれかに云はれたら心外に感じるだらう。尤もそれが大したことだと褒められるのかと考へれば、まつたくそんなことはない。文章を書くのが厄介なのは(それはまた樂みにもなるのだが)、数をこなせば上達するとは限らないからで、たとへば寫眞なら盲滅法でも一日に二百枚も撮れば、一枚かもしかして二枚も、惡くないと思へる程度の結果を得られる望みがある。その惡くない一枚乃至二枚を得られれば、次の日には二百枚が百五十枚くらゐ、その次の日は百枚くらゐで、その一枚か二枚を得られる可能性も見出だせる。数が質に転化する、或は数が質を作る希望を持てるのが寫眞なのに対して、文章はさういふ望みまたは可能性を絶対に持てない。それは才能に属するからではなく、よりましな一文を書かうとしなければ、現状維持もままならない。かう云ふと文章と寫眞を比較するのは乱暴過ぎると異論が出さうで確かに乱暴なのは認めるが、比較が目的ではなく、文章を書く厄介さを示したいが為に寫眞を持ち出したのだと云ひ訳はしておきたい。ではその云ひ訳は何の目的かと訊かれるだらうか。それは仮に毎日書き續けてゐたとして、今の頻度で書き續けるとして、この手帖の文章がましになつてゐたか、なるだらうかどうか、といふ点についてで、それはいづれも疑ひなく否と云へる。謙虚で云ふわけではなく(さう思つてもらへればといふ期待はある)、實際にさうなので、その辺のところを我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に、居直りつつも示しておきたくなつた。
以上のことは本來、自分の心の棚に仕舞ひ込んだままにするのが正しい。三六五の数字を見て何となく、箍が緩んだのである。かういふ締まりの惡さもまた、上達の足枷なのだらう。