閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

656 曖昧映画館~ダイ・ハード

 記憶に残る映画を記憶のまま、曖昧に書く。

 

 クリスマスの夜、カリフォルニア。

 完成が間近いナカトミ・ビルディングをひとりの男が訪れる。ジョン・マクレーンといふニュー・ヨークの警官。高所恐怖症のかれが、大嫌ひな飛行機に乗つてまでやつてきたのは、ナカトミで働く妻のホリーに会ふ為。併し彼女が(マクレーンではなく、旧姓の)ジェナロで仕事をしてゐると知つた警官はうんざりした顔になる。その一方、ハンス・グルーヴァーをリーダーにした招かれざる一団も、未完成な警備の隙を衝いて、ナカトミ・ビルディングに侵入してゐた…。

 

 監督のジョン・マクティアナンはこの映画の舞台として、閉ざされた巨大な建築を用意した。"広々とした密室"といふ矛盾がこれで成り立つて、まつたく頭がいい。

 筋立ては如何にもハリウッド好み。スリリングで花やかで莫迦ばかしいくらゐの単純さで、勿論派手な銃撃戰や爆發だつて、忘れず用意されてゐる。マクレーン刑事はひとりでハンスのグループを敵にまはし、ピンチに陥り、切り抜ける。

 マクレーンを救けるのは、偶々手に入れたトランシーバーで、通信が出來た、ビルの外にゐる太つちよの黑人警官。ある事件を切つ掛けに、"銃を撃てない"トラウマを抱へた交通係のかれは、顔も判らないマクレーン、ニュー・ヨークの警官と自称する男を信じ励ます。

 

 この交通係が最後に思はぬ活躍を見せるのだが、それはマクレーンとのやり取りで描かれ敷かれた伏線の綺麗な回収であつた。それだけではなく、この映画には様々の伏線…マクレーンの高所恐怖症は元より、ホリーの部屋に置かれた家族冩眞。さう、カリフォルニアの空港でマクレーンを迎へた運転手まで…が用意され、それらが話の中で次々に結びつく。その観せ方扱ひ方は、まつたくのところ、娯樂映画として見事な出來であつて、流石マクティアナン監督、巧いものだなあと感心したくなる。字幕で観るのもいいが、野沢那智があてた吹替版も宜しい。ブルース・ウィリス演じるマクレーンが、ナカトミ・ビルの屋上で神さまに祈る情けない聲は、本人より本人らしいんぢやあないかとすら思へる。