閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

813 スタミナ

 肌寒い休日の晝、久しぶりにちやんとした空腹を感じたので、めしを喰ひに行つた。近所のお店なのは勿論である。外の看板には、"今週のおすすめ定食"と"今月のおすすめ麺"が書いてある。おすすめ定食が"豚ロース唐揚げ ネギソース"、おすすめ麺は"特製スタミナ湯麺(ミニライス&生卵のセットは別料金)"であつた。

 中々に悩ましい。

 お店の前で数秒考へ、けふは湯麺を啜らうと決めた。

 と云つたら正確ではない。外の看板は近所だから何度か目にしてゐて、"特製スタミナ湯麺"の文字は気になつてゐたのだ。やつと肌寒さが感じられた日だつたのも具合がいい。なので坐つて直ぐ

 「スタミナ湯麺をお願ひします」

と註文した。それから小聲で麦酒を一ぱい。實はこの麦酒、正しい判断ではなかつたのだが、それは後でわかる。

 豚肉を粗く切り炒めたの(定食から転用したのか知ら)

 大蒜の芽。

 青梗菜に玉葱。

 白葱の微塵切り。

 何がスタミナの象徴なんだらう。ソップを一口。このお店にしては珍しく、濃いめの味つけだつた(併しくどくはない)ので、蓮華に乗せた具を、麦酒のつまみにすると、これが宜しい。麺は普通の眞直ぐなやつ。ソップで煮染められたやうな色合ひになつてゐる。そこに酢を滴したのは、惡くない思ひつきだつた。濃い味がやはらかくなる。

 三分ノ一くらゐ食べた辺りで、仕舞つたかも知れないと思へてきた。このお店の丼は間口が狭くて深い。従つて掘り進むやうに麺を啜り、また具をつまむ。掘り進むのはいいとして、こちらの気分としては三分ノ一から先が減らない感じがする。麦酒ではなく、ミニライス&名前のセットを撰び、途中でその生卵を入れて、味の変化を樂んだ方がこの場合、望ましかつたかも知れない。

 とは云へ、変化をつけなくても、特製湯麺がまづいわけではなく、濃いめの味で気づくのが遅れたが、ソップの奥にほんのり磯の香りがあつた。貝で取つた出汁を使つてゐるのか知ら。これならくどいと感じなかつたのも、さういふことかと思はれる。丼を空にして、御馳走様を云つて、代金を払つてお店を出た。耳の後ろに汗があつて、ちつと驚いたのはいいのだが、夕方まで満腹のままだつたのには参らされた。

 かういふのもスタミナと呼ぶのだらうか。