閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

888 横須賀どんたく~三笠の巻

 十九日日曜日は晴れ。

 雨の本降りは前日限定だつたらしい。

 宿醉ひの感覚はしない。といふより、前日前夜の醉ひが薄つすら残つてゐて、これは惡くない。

 午前七時半、お早うの挨拶を交して、リモート朝食會にかかつた。前夜、予め取つておいた"SPRING VALLEY"と散らし寿司。朝陽を感じながら呑む麒麟は格別に美味い。お腹の底にどんと落ちてくる。頭の隅つこで、雨が一日前倒しだつたらよかつたのにと思ひつつ、チェック・アウトした。

 

 京急鶴見驛から新神奈川驛を経由して横須賀中央驛まで、ざつと四十分かそこら。驛前に古めかしい呑み屋街…若松マーケットといふらしい…があるらしく、提灯が立て並べられてゐる。その中に

 「横須賀ブラジャーが飲める街」

とあつて大笑ひした。後で調べたら、ブランディをジンジャー・エールで割つたカクテルの一種で、若松マーケット生れを謳つてゐる。知らなかつたなあ。マーケット内の居酒屋やスナックで味が異なるといふから、樂むには横須賀に宿を取らねばならない。

 

 その若松マーケットを横目に、海の方向へ歩いた。目的は記念艦三笠である。不完全な形ではあるが、現存するおそらくは唯一の前弩級艦。

 遠目に先づ覆ひのかかつた艦橋が見えた。改修中らしい。近づくと艦体は完全に固定されてゐるのが判つた。記念艦にする時、現役艦に復帰させないのが條件だつたからで

 (事情は察するんだが、やりすぎといふか、勿体無い)

さう感じざるを得なかつた。艦体は漠然と想像してゐたよりも小さい。所謂"大艦巨砲主義"前の設計といふことか。

 艦内に入るには六百円掛かる。舷側に固着された階段を上ると中部甲板の後方に出た。湾内の波は穏やか。陽射しも波と同様、穏やかだつたが、海からの風がやや肌寒い。乗務してゐた海兵さんはどうだつたのか知ら。

 見上げると砲身を二本備へた主砲…勿論砲口は封をされてゐる…があつた。説明書きによると射程距離は最大で約十キロメートル。当時の測距技術では、最大射程の敵艦に当てるのはほぼ不可能だつたらう。

 三笠の保存會のひとが、無料で艦の案内をしますと放送があつたから、少し聞いてみた。失礼ながら上手な話しぶりではなかつたし、事前に調べた艦歴でもあつたから、その場を離れることにした。頴娃君は續けて聞く積りらしい。

 艦首の方向に歩く途中、艦の眞ん中辺りに小型の砲塔があつた。体を嵌め込む為と思はれる部品があり、砲身を左右に振れる。上下の調整は歯車式の手廻し。残つてゐる構造から察するに、弾は手篭め、照準は照星で合はすらしい。乗り込んでゐた子供たちが砲塔をがちやがちや動かしながら

 「狙へ」

 「撃て」

と騒いでゐて、何とも云ひにくい気分になつた。どこかに撃つ以上は、そのどこかから撃たれる可能性だつてあるのに。砲塔の横には太い縄をカーテン状に吊るした"弾除け"があつたもの。さういふことを気に病まず、戰争ごつこに興じられるくらゐ、平和なのはいいことだと考へておかう。

 振り返ると"喫煙所"と書かれた小さな看板があつた。ほほう、文化的なものだと感心し、感心してからこの艦が一度、佐世保で爆沈したのは、煙草の火が原因ではなかつたかと気がついた。令和の現在、火藥が積まれてゐる心配はない。安心して一本吹かした。

 艦首から見ると、その先には巨きな建物がある。後で聞いた話だと、米海軍基地と将兵の宿舎だといふ。太平洋戰争で勝つた米軍が日本に駐留した際、三笠の上甲板にあつたあれこれを全部撤去した挙げ句、ダンス・ホールを設置した話を思ひ出した。それを聞いたニミッツが激怒したのも思ひ出した。アドミラル・トーゴーを尊敬してゐたこの米海軍人は、その座乗艦での狼藉に我慢ならなかつたらしい。その艦と海軍が向ひあふ情景も縁と呼ぶべきか。

 案内會が終つたらしい頴娃君と合流して、甲板の下に降りた。三笠に関連する展示と、設備の一部を見學出來る。東郷が使つたといふツァイスの双眼鏡があつた。『坂の上の雲』に書かれたやつ。確か当時の最新型で、数個しか輸入されてゐなかつたといふ。それから司令公室や同浴室、同寝室と見た。いづれも多少の装飾はあつても質素なもので、海軍の合理主義ゆゑか、明治日本の貧しさか、見当をつけかねた。

 上に戻つた。どうも互ひの腹に、戰争といふ事象が入りこんできたらしく、言葉が少くなつた。それだけでなく、妙なくらゐの空腹を感じてもゐたので、眞面目一方の理由でないのは我ながら如何なものか。併し時計を見ると、乗艦してから既に一時間余り過ぎてゐる。

 「ではそろそろ、お晝へと」

同意を得て退鑑した。降りると長い列があつた。猿島行き聯絡船の順番待ちらしい。そこまでは判つたが、猿島に何があり、どんな樂みがあるのかは判らなかつた。謎解きより今は空腹への対処が優先されねばならない。