閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

930 時と場所と相手

 或る仕事帰りの夕方、妙に空腹を覚えた。ふらふら呑みに行つた。我ながら駄目な小父さんだと思ふ。別に何と云ふこともないチェーン店の串焼き屋。だつたらそこでなくてもかまふまい、と云ひたいひともゐるだらうが、こちらにも理由がある。そこの店長氏が埼玉西武ライオンズ…正確には野球好きだからで、串揚げを摘みに焼酎ハイや抹茶ハイを呑みながら、チームや撰手、或いは試合の話…たとへば最近なら、セントラル・リーグの混戰具合や、大谷翔平の化外の活躍…をするのは、他のお店だと中々無理な樂みなんである。

 さういふ呑み方をしてゐると、佳いお酒と好もしいお酒の時間は、必ずしも一致しないと判る。当り前のことを云ふみたいだけれど、時と場所と相手を得られない、純米酒だの何年もののヴィンテージだの、どこ産の鮪だのどの部位の牛肉だのは、値うちが下がるでせう。可愛らしいあのひとと呑む罐麦酒と、仕事の都合で聯れて行かれた小料理屋での吟醸酒を較べたら、どちらが呑み助にとつて望ましいか、考へを巡らせるまでもない。ゆゑに時と場所と相手を得た呑み屋は、チェーン店であつても、代りがきかないことになる。