閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

880 紅茶ハイの話

 偶に足を運ぶ立呑屋があつて、そこではお摘み…お店ではお番菜と呼んでゐる。ここからは敬意を示す意味で、お番菜で通しますよ…を撰ばしてくれる。大皿とかお鉢に六品か七品、盛つてあるのを眺め

 「さて何にしませうか」

迷ふのが樂い。但し注意は求められる。云ふまでもなく、呑むものとの相性を考慮する必要があるからで、慎重にならなくてはいけません。

 尤も最近のわたしは、そこの紅茶ハイ(甲類焼酎の無糖紅茶割り)が気に入つてゐる。癖がなく穏やかなので、大体の摘みに適ふ。ひと先づ呑みつつ、次の一ぱいの為、お番菜を撰ぶのに具合がいい。

 さて。

 ある晩にわたしが撰んだお番菜は、マカロニ・サラド、鶏肉のトマト煮、鰯のつみれ、鶏肉と厚揚げを焚いたの、豚肉とメンマを焚いたのもある中から、銀鱈を焚いたの、鋤焼き風の煮もの、それから鮟鱇の肝の三点。

 うーむ、お代りはお酒だなあ。

 最初に鋤焼き風の煮ものを摘む。惡くない。も少し東京風の品下つた甘辛でもいいか知ら。七味唐辛子をちよと振つたら、好もしい味になつた。續いて銀鱈を一欠片。このお店で出す鱈が安定してうまいのは経験済みである。

 お酒に移つて、長野上田だつたかの"互"がよささうに思へたので試す。葡萄酒に寄つた醸りか知ら。些か頼りない気がするし、穏やかと云へる気もする。鮟鱇の肝との組合せは惡くないが、評価は保留としておかう。

 ここで常聯さんが漬けた梅干しを一粒、紫蘇と一緒に頒けてもらふ。非常に酸つぱいのが實に宜しい。"互"では太刀打ちが六つかしいと感じた。お代りに福島の"大七"を撰び、銀鱈と鮟鱇の肝を摘むと、これが上案配だつた。梅干しにも似合ふ。この"大七"は生酛造り。普段なら積極的に採らないんだが、時と場合を得ると素晴しい味はひになるのだな。

 自分の勘に満足したところで出されたのが"七ロ万"…訓みは"ナナロマン"…といふ初めて目にする銘柄。福島は南會津の藏らしい。"大七"もさうだが、福島のお酒はうまい。なので"七ロ万"もまちがひないと思つて呑んだ。あまり宜しくない。きつい香りも、癖のある口当りも、舌への残りもなくつて…詰り呑みやすい。

 (最初の一ぱいがこれだつたら、過ごしたなきつと)

お番菜を平らげ、梅干しの種をしやぶり、"七ロ万"を干してから、氷で薄まつた紅茶ハイを水代りに呑んだ。かういふ意味でも具合がいい呑みものだと思つた。