閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1006 (ン)メアジ

 魚の旬には詳しくないから、いい加減に書くけれど、鯵は一年を通してうまい。

 お刺身やたたき、塩焼き、一夜干しに南蛮漬け。

 おかずにも肴にもなるのは勿論、骨で出汁を取れば、お味噌汁やお吸物にも仕立てられて、まことに目出度い。

 我が國獨特の調理法なのかどうか、その辺は横に置いて、鯵料理の傑作に鯵フライを挙げて、異論は出にくいと思ふ。他の鯵料理同様、ごはんのおかずになり、麺麭に挟み込んで宜しく、お摘みにもなるのは改めるまでもない。

 大体はウスター・ソース。気分によつては、醤油や味つけぽん酢を垂らす。空腹で揚げものが慾しくても、鶏の唐揚げは重く、ミンチカツはしつつこいと思へた時、これこそ麦酒や酎ハイのお供に、最適の解である、と私は信じてゐる。

 馴染んだ安い呑み屋の品書きに時折り、"梅鯵フライ"が顔を見せる。註文の際は"梅鯵"…發音は"(ン)メアジ"に近い…と略す。叩いたか裏漉しした梅干しと醤油、それからよく判らないひと手間を使ひ、刻み葱を混ぜたソースを、串に刺した鯵フライに掛けてある。衣の熱いのと、白身の淡泊と、ほんのりした酸みが丁度よい具合で、見つけたら註文する。

 多少の手は掛つてゐても、何だか安つぽい。さう思ふひとがゐても、不思議ではないが、安つぽさと旨いかどうかは別の話である。實際、ある夕刻、一杯目の酎ハイのお供に、この"(ン)メアジ"を撰んで、まつたく満足したんである。