閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1046 明日の葉つぱ

 最初に焼酎ハイを註文した。そしたら、けふは鯵一尾を丸ごと、天麩羅にしたのがありますと云はれた。摘まない手はない。すりやあ、いただきませうさ。別席で麦酒を呑んでゐた、派手やかな顔立ちのお姐さんが

 「すごい美味しかつたです」

と教へてくれた。食べると果して、揚げたての熱いのと骨の歯触りが好もしい。

 鯵をかぢりつつ、店内に貼つてある品書きを見ると、明日葉の天麩羅と書いてあつた。この植物、日本が原産らしい。八丈島や伊豆の島々で採れる。随分と前、どこだつたか、八丈島料理の呑み屋で食べた。無闇に分量があり、困惑した記憶がある。併しうまかつた記憶も確かにあつて、これも叉、註文しない手はあるまい。

 焼酎ハイのお代りと同時に、明日葉の天麩羅が來た。旨さうな匂ひが鼻孔を擽つてくる。ぱりんと囓つたら、塩つ気がほどよく、お姐さんの云つたとほり旨い。併し記憶より苦みがうすい。尤も八丈島呑み屋に足を運んだのは、廿年以上前だから、記憶が確かな保證はない。一緒に註文した、菜の花の玉子サラド、おでんの筍とあはせて、春を摘みに呑めたわけで、まことにいい気分で醉へた夜となつた。