閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

731 辛味噌仕立ての一ぱい

 寒い時期に限つてゐると念は押すとして、味噌ラーメンを啜りたくなることがある。寒風で冷たくなつた空腹には實に嬉しい。かう云ふと数少い讀者諸嬢諸氏は

 「おや丸太はラーメンの格を、えらくひくくしてゐた筈だけれど」

さう笑ふかも知れない。確かにその通り。併しわたしは、格がひくいからラーメンはまづい、とは一度も云つてゐない。たとへば玉子丼は丼めし族の中で、その地位は随分とひくいが、條件を満たせばかつ丼より旨いこともある…をかしな譬へと云はれる前に大聲で誤魔化すと、味噌ラーメンは

 「玄冬の候、風が吹く、空腹の夕刻」

であれば、天麩羅蕎麦を蹴散らし、鍋焼き饂飩を凌ぐ…かも知れない…一ぱいだと云つていいと思ふ。

 どこかのお店に入るのは勿論である。それで壜麦酒を一緒に註文する。きつと壜麦酒にあはせて搾菜だか支那竹、でなければピーナツで何でも出てくるだらう。それを摘みながら麦酒を呑んで、味噌ラーメンを待たう。

 大事なのは、麦酒の註文は壜にすることである。ジョッキや生麦酒に惑はされてはならない。思はせぶりは好かないから、先に理由を云ふと、味噌ラーメンの具が麦酒の摘みになるからで、ジョッキ麦酒だと肝腎の味噌ラーメンが出る前に呑み干しかねない。

 「だつたら、お代りすれば、いいんではなからうか」

さう頭を捻るひとに念を押すと、味噌ラーメンを啜る場所はラーメン屋である。そのラーメン屋で麦酒を何杯も呑みたがるのは、感心出來る態度ではない。呑みたがるひとの為には呑み屋があるので、幾らわたしだつて、それくらゐの分別は持合せてゐる。

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 時と場合によつては、麦酒を呑まない撰択もある。画像はいつだつたか、さう判断した日の味噌ラーメン。品書きの名前は確か、"辛味噌ラーメン"だつたと記憶してゐる。

 ところでわたしは、一体に辛さを強調する食べものを好まない。激辛といふのか、唐辛子を気ちがひのやうに使つたのがあるでせう。ああいふのは、舌を壊す趣味でもあるのかと思へて、見るだけで厭になる。食べなさるなとまでは云はないが、どこか遠い場所で勝手になすつてもらひたい。

 それで何故、"辛味噌ラーメン"を註文したんですと訊かれたら、このお店で別の料理を食べて、好みに適ふのを知つてゐたんですと応じる。全体におつとりした感じなので

 「"辛味噌"といつても、品下つた辛さではあるまい」

予想出來た。以前に同じお店で食べた、辛味噌ではない味噌ラーメンがうまかつたのも、切つ掛けに挙げていい。かういふ勘の働きは、経験の積み重ねなのだよと、ここでは自慢しておかう。

 食べると果して旨かつた。唐辛子の濫用ではなく、味噌自体がからいのを用ゐたらしく、ホットではあつても、見た目ほど口に響かなかつた。穏やかな少年がやんちやを気取つた感じと云へばいいか。かう云ふと刺戟物の摂取に熱心な人びとには気に入らなからうが、知つたことではない。細かい不満はあつたにせよ、細かいことだから目を瞑れる。

 さうして啜りながら、かういふ辛い食べものは、麦酒との相性が宜しくないことを思ひ出して、註文しなかつたのは間違ひではなかつたと、自分を褒めたくなつた。あの辛味噌ラーメンならもつぺん、食べたいのだが、確か一ヶ月くらゐの期間限定品だつた。残念だなあ。