閑文字手帖

馬手に盃 弓手に肴

1127 S640を使つてみる

 その前に、ケイスの件が、思はぬ形で解決をみた。GRⅢとGRデジタルⅡで使へる、細々したアクセサリを入れてゐた、ロゥプロ製カメラ用ケイス…タグから察するに、おそらく型番は、Terraclime10かと思ふ…へ、ぴつたり収まると判つたからで、多少の嵩張り感はあるが、安心感との天秤の釣り合ひは取れてゐると思ふ。

 もうひとつ。型番の判らない、ニコンの一点吊りストラップが見つかつた。私は"ニコン純正主義者"ではないが、黄いろと黑のストラップは、ニコンのカメラにしか似合はない。それに手元にあるニコンは、S640だけでもある。ロゥプロのケイスと繋げもする。附けない理由は見当らないし、具合も叉よろしい。

 ところで何故、このストラップが、あつたのだらう。

 疑念は横に措いて、S640を使つてみた。

 気にする讀者諸嬢諸氏の為に云ふと、事前にきつちり、充電は済ませてある。私は電池の消耗に、妙に臆病なんです。大昔のデジタルカメラは、電池の減りが異様に早く、極端に云へば、十枚廿枚くらゐで、容量不足になつた。その頃の印象が、頭のどこかに残つてゐて、充電にはどうしても、神経質になつてしまふ。

 起動は遅い。当時の惹句で、コンマ何秒で起動するとか、あつた筈で、令和の今の目で見ると、半分は正しい。電源を入れると、速やかに液晶画面は点灯する。但しそこから、實際に撮れるまで、二拍くらゐの間が生じる。速冩には向かないタイムラグである。

 尤も私は速冩はしない。なので、その程度のタイムラグは気にはならない…二拍の間で、躓く感じはするけれど、さういふものだと思へばいい。第一、スマートフォンのカメラ機能の代用…即ち呑ひの記録が目的だもの、八釜しく云はずともいい。速さを求めたいなら、GRⅢを使へば済む。

 町中で何枚か、撮つた。液晶画面の表示は見易いとは云へないが、予想の範囲である。シャッターボタンを押す。何とも頼りない感じがする。この点は、現行品の頃でも、やや高額な大衆機くらゐの位置附けだつたから、文句を云ふ筋ではなからう。自動焦点も、私が使ふ分には、不満のない程度に速く、正確である。

 

 シャッター音が静かなのはいい。スマートフォンのカメラ機能は、撮影時にシャッター音を鳴らすのが、標準の仕様である。私の使ひ方なら、不都合は生じない…とは云ふへ、静かでよからうとも思ふ。惡さ防ぎが目的といふのは、判るんだが、どうもなあ。

 予想の外だつたのは、その小ささ。これは正直なところ、忘れてゐた。両掌でホールドするといふより

 「左手の親指と人指し指で、L字をつくつて、そこに乗せ、右手は持つより摘む」

感覚にちかい。何とも不安定である。ニコンのひとが、それを感じなかつた筈はない。小さなグリップひとつで、安定するくらゐ、判つてゐたでせう。それをしなかつたのは、きつとレンズを収めた時の、"磨り減つた石鹸のやうな形"を、崩したくなかつたんだらう。手ぶれ補正もあることだし。

 さういふ想像は出來る。正しい判断だつたかは、何とも云ひにくい。もう一回り、大振りであれば、持つて気にならなかつたのは間違ひない。尤もそれだと、締らない、蒟蒻のやうな姿になつたとも思へる。小ささに重きを置いた機種は、そこを見誤ると、不恰好になるから、加減が六つかしい。ここでは一応

 「幾つかの不満はあるけれど、まあよく頑張りました」

曖昧な評に留める。但し一点、見逃せない短所があり、三脚穴の位置が甚だしく惡い。忘れかけてゐたのに気がついて、大慌てで追加したのか、と思ひたくなる。S640くらゐの小ささなら、三脚は使はんでせうさ。さう反論が出ても不思議ではないが、世の中には、卓上三脚といふ、外附けグリップ代りに出來る中々便利なものがある。折角の三脚穴が、さういふ小道具を使ひにくい位置にあるのは、感心しない。

 

 S640で撮り、叉弄りながら、何年も前に造り終つた機種を相手に、おれは何を云つてゐるのか知らと思つた。